それから何度か前沢係長に飲みに誘われたが、おっさんをはじめ中学課一係はもとより、他の係の新人達も、一度前沢係長と飲みに出た者は、二度と行こうとはしなかった。
これは前沢係長の自業自得というもので仕方のないことなのだ。
とは言うものの、おっさんは見るに見かねて、何度かお供をしたことがある。
と、言うのは前沢係長が誰にも相手にされず、一人で飲み歩くようになってから、その出社態度はデタラメになってきたからだ。
朝から通報が会社へと入り、道路脇で寝ていたり、交番で一晩世話になって、そのまま出社したりという具合だったのだ。
おっさんにとっては、初オーダーを成就させてくれた恩人である前沢係長は、酒乱男といえども見捨てるわけにもいかなかった。
だが、所長はついに宣言した。「今後、前沢係長は飲みに出ることを禁止する。一緒について言った者にも、それなりの罰を与えるから、そう思え。」と、つまり会社をヤメたくないなら、飲みに出るなという最終通告が下されたのである。
これには、皆が感謝した。何より、おっさんは、心の底から助かったと思ったものだ。
この後から、前沢係長はピタリと飲みにでるのをやめたのだから・・・。
所長の宣言は、さすがに前沢係長にはこたえたらしい。
さて、話は変わるが、一ヶ月以上ビジネスホテル住まいだった、おっさん達新人社員は、会社から寮という名目でアパートを借りてもらえることになった。
ほとんどの新人が、一人ずつの個別なアパートになったのだが、おっさんはそうはいかなかった。二階建ての一軒家に三人で共同生活をさせられることになった。
一人は幼児課一係の佐藤君、十八才で、もう一人が小学課の久保田君、二十才である。おっさんは、その時二十三才で、一番年長であったためか、所長は勝手に「お前が寮長だから、しっかり二人とも管理しろ。」と決めつけた。
だが、おっさんは、他人に説教をするタイプの人間ではない。自分も干渉されるのが嫌いなかわりに、他人に干渉するのも嫌いな性質なのである。
だから、余程のことがない限り、この二人に意見をすることはなかった。
たしかに何度か、意見せざるを得ない事態は、その後何度か起こったが、それは、追い追い話していくことにする。
ともあれ、野郎三人の共同生活が始まったのだが、なぜか、仕事が終わって帰ってくると、三人でおっさんの部屋に集まり、仕事のグチやら、上司の悪口など、その日にあった出来事などを二・三時間話してから、就寝するという生活があたりまえとなっていた。
二人とも、どういう分けか、おっさんに何かとアドバイスを求めてくるのである。
おっさんとしても悪い気持ちはしないが、社会人としての経験は、この二人とまったく同じで、他人にアドバイスなど、とうてい出来るわけもないのである。
「俺たち、営業社員って、いったい何なんですかね。会社のためにお客に商品を売ってくだけのロボットなんすかね?」と高卒の佐藤君が言えば、「ロボットじゃないさ、営業ってのは、売り上げさえ上げれば勝ちなんだ。高卒だろうが、大卒だろうが関係なく、意欲のある者がのし上がっていける商売さ。」と専門学校卒の久保田君が言う。
「いや、佐藤君が言っているのは、人間これでいいのかって話だろ。会社の為に生きている気がするってことだよな?俺は違うと思う。会社がどうあろうと自分は自分だ。売り上げだけが全てじゃない。人間の価値なんてそれだけで計れるもんじゃない。」と、前沢係長からの受け売りを、さも自分自身の考えのように言うのが精一杯のおっさんであった。