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第 章

 このY君が行こうと言った店というのは、先にも話したように音楽好きの集うところだというわけだが、、そこで演奏をするとなると、よほど自信のある者か、あるいはほとんどプロ演奏家ではないかと思えるほどの芸達者な人間でもないかぎりやらないのである。
 「行こう!」と言われて、承諾をしてしまったオッサンと電気屋の友人(まぎらわしいので、この友人をN君とこれから記す)は、まさか自分達が演奏することなど考えてもいなかった。
 ところがY君は違っていたのである。
 彼は当然のごとく、そこで演奏しようぜという意味でオッサンとN君を誘ったようなのである。
 だものだから、この店に到着して五分もしないうちに「やるぞっ!」と言い出した。
 「は?何を・・・」と、オッサンは何気なくY君の方を見た。すると彼は、もう演奏をやる気満々で、すでにベースギターを抱いてスタンバっているではないか。「まっ、まさかここで演奏するってか・・・」
 オッサンとN君は、固まって目が点になった。
 結局、Y君に押し切られるかたちで、ぶっつけ本番の演奏を行なったのだが、結果は言うまでもない。つまるところ酔っ払いの乱入演奏というだけのことである。
 「すいません。お騒がせしまして」と引きつった笑顔を見せながら、オッサンは何度となく謝ったが、気分的には早くその店を逃げ出して、どこかへ隠れてしまいたい心持であった。
 幸いにもY君は、すぐに他の店にも行きたいと、また言い出したので、一刻も早く店を出たいと思ったオッサンとN君は、Y君に引き回されるような感じで、その店を脱出した。
 次の店はどんなところだろうかと心配しながら、Y君についてゆくと、やっぱりこれもライブハウスである。
 ここまでくると、オッサンも開き直りである。
 むろん酔いもまわってきているもんだから、もう何でもよい。恥はかき捨てだと店に入って三人で乾杯した後、また、例のごとく三人で適当な演奏をして楽しく過ごした。
 というのも、その店の客は、オッサン達を除いて、二、三人しかいなかったし、先に演奏をしていた六十代位のオジサンの演奏と歌が、オッサン達と同レベルくらいだった。ようは歌や演奏が好きな人間で、ろくすっぽ練習などしてもいないが、気分が乗ったら、演奏するという感じの人の良さそうなオジサンだったのである。
 Y君とは違って、オッサンとN君は初めて入った店だったが、やっぱり、どこかにこよのうな店はあるもんだなと思った。
 つまり、演奏上手でなくとも気軽に、カラオケがわりに楽器を演奏しながら歌える店だという意味である。
 この店のマスターらしき人物も演奏をしていたが、ギターがやたらに上手いのに歌はそうでもなく、ところどころ音をはずしていたみたいである。
 世の中には、じつに様々な人間がいるものだ。オッサンも他人のことなど言っている資格などはなく、一般的にいっても、充分に変人の部類に入るのだろうけれど、このY君には恐れいった。
 ラスト演奏とのき、Y君はベースをギターに変えて、その店のマスターとイーグルスのデスペラードという曲を歌いながら演奏していたのだが、オッサンの酔っ払った頭で聞いていても、しごくいい加減なものだった。
 一番の歌詞を二回繰り返したと思うと、最後は、レロルロ・・・と、日本語でも英語でもなく、言葉にもなっていない。それでも終わりまで演奏をしてしまった。
 そのときオッサンは、あきれて思わず吹き出し笑いをしそうになり、横にいたN君の方を見ると、彼はイビキをかいて寝ていた。