歌を唄うことは、なにもプロだけの専売特許ではない。それにアマチュアであれば、たとえ下手だとしても、誰も表だって文句はいわないものだ。
もちろん例外もいるし、裏ではいろいろと言われているのだろうが、面とむかって苦言を呈する者は、そんなにはいない。
つまり、関心のない人は聞いていないのである。
オッサンなぞは、この特権をフルに活用している。
なまじ、他人に聞いてもらおうなどという色気を出すからいけないのである。
自己満足でいいではないか。ストレス発散の場として、これ以上のものがあるのか?
オッサンには考えつかない。
それを、なにが悲しくてプロになりたいなどと思うのか、まったく理解ができないのである。
まぁ、人はそれぞれだから勝手にすればよいのだけれど、プロを目指すなら、長崎の街角で唄っていても仕方がないと思うのだが・・・ 余計なお世話と言われそうだから、これくらいでこの話はやめておこう。
そんなわけであるから、三年を過ぎた現在でも、オッサンは相変わらず、他人に聞かせるというより、自分が唄いたいと思った歌を、好きなように、好きなだけ唄っている。
ときどき立ち止まりそうになる人がいても、オッサンは、笑顔などほとんど見せず、知らぬ顔をするか、あるいは、ジロリと睨んで「何してんだっ!」とでも言わぬばかりの顔付きをするので、ほとんど聞き手はいない。
けれども、たまには「○○を唄ってくれ」と言ってくる人もいる。
これは、ここだけの話であるが、オッサンは気分が良いときは、リクエストに応えるけれども、そうでなければ、「できない。知らない。」と言って断る。
基本的には、リクエストには応えないということだ。
なぜなら、自分のペースが崩れるからだ。
自分の唄いたい歌を唄うためにストリートミュージシャンをしているのだ。
まちがっても、他人の為に唄おうなどとは思っていない。
だから、正確に言うならば、ストリートミュージシャンではなくて、ただ単に街角に立って、大声を張り上げ、自分の好きな歌を、気の済むまで唄いたい、恥知らずなオヤジなのである。
そういうものに、歌のうまさなどを期待するだけ愚かというものだ。
今から一年程前に、以前はプロの歌手であり、ヴォイストレーナーもやったことがあるという人からこう言われたことがある。
「歌の上手、下手は別だけど、あんた いい声してるよ。なにより歌を唄うことが好きなんだね。それは、しっかり伝わってくるよ」と、変わった誉め方をする人だなと思ったが、この人は、オッサンの様子から八割強の正確さで、オッサンの心理を読みとっているのである。
正直に言って、少し驚いた。
それに、歌を唄うのがすきだという気持ちが、なにより伝わってくると言われたことが、どういうわけか、無性に嬉しく思えたのである。
そして、その人は五、六回ぐらいオッサンのストリートでの弾き語りを聞きにきてくれた。たまにギターを貸してくれというので、手渡すと、これがまたスゴイのである。
やはり、プロとアマチュアというものの違いをハッキリ知らされた思いがしたものだ。