それ以来、所長はおっさんの顔を見るたびに、カタブツの頑固者と言うようになった。
困るのは、この話を時々、係員や他の新人達にも話して聞かせるのだ。
「あいつは今でこそ、責任者としてあたりまえのような顔をしているが、新人の時などはデタラメで・・・」と、さも自分の手柄話みたいな調子で延々と話す。
あながち嘘をを言っているわけではないので否定もできない。おっさんとしては、バツが悪そうに黙って頭をかいて、ごまかすくらいしか術はないのである。
まったくやりにくくなってくる。
おっさんを責任者へと推挙した当の本人なのだから、もう少しこちらの立場を考えてもらいたかった。
まして今度は、イベントの開催である。
おっさんの係でも、市場の選定に過去のデータ(その地域で過去にどれだけの契約が取れているか)を調べ、対象となる中学生の人数、いつ頃その地域をまわっているのか、少なくとも一年以上は経っていなければ、イベント期間中の市場としては適していない。
などと細かな打ち合わせがなされた。
海外旅行がかかっているので、それこそ係員達も真剣に意見を出し、思い思いの考えを述べる。
しかし、それらを総合し判断するのは、責任者であるおっさんなのだ。
その判断次第では、大失敗もあり得る。そんな時期に昔のドジ話はとても困るのである。
そして、いよいよイベントは始まった。二ヶ月半で支社売上げ目標、一億円。個人海外旅行達成最低目標、六百万円(約二十五セット)である。
これは、それほど無理な目標ではない。新人といえども、十分に望める数字なのである。
社内の雰囲気などもガラリと変わり、にこやかでアットホームだったものが、文字通り全てライバル同士という戦場に変わるのだ。
所長などは下手な映画を見るよりも、よっぽど面白いとよく言っていた。
昨日まで、のんびりしていた社員の目が、急にギラギラと輝きはじめるのだから、所長として、これほど小気味よいことはなかっただろう。
毎日、ピリピリとした緊張感の中での仕事がイベント期間中ずっと続くのだ。
会社の壁や天井は、全員の売上げが一目で分かるように一人一人の成績グラフが、これでもかと言わんばかり、デッカク書かれて提示されているし、一週間ごとに、スリーオーダー以上契約した者には、ハワイ旅行へ向けてのグッズ(水着やら案内本、アロハシャツ、ムームー等)が賞品として手渡される。
嫌でもライバル意識が高まるように、所長もあの手この手と仕掛けてくるのである。
そして、あっという間に二ヶ月間が過ぎ、支社目標は達成された。
社内に提示されているグラフで他を引き離しトップを走っているのは、やはり前沢係長だった。
この時点で、キャンセルも含め、六十セットものオーダー数であり、海外旅行も当然クリアし、グラフは天井の半分を超えていた。
まさに営業のバケモノである。
その次に、中学課二係の中沢係長、幼児課の丸山主任、小学課の岩崎課長代理と続くのだが、全てトップセールスマンと呼ばれている人達だった。
あと半月を残して、おっさんはもう二セットというところで、まだ達成しておらず、四人の係員の内、女の子二人があと四、五セットで達成という段階だった。残念ながら、あとの男性二人はどちらも十セット近く残っていたので難しいと言わざるを得なかったが、それでも彼らはあきらめず最後まで、よく頑張った。
ところがである・・・。