つまり、常識にしばられることのつまらなさ、自分を自分らしく表現し生きる、熱中できるものを精一杯やってみるということを、おっさんは、たしかに、このとき学んだはずなのであります。
それが、どこにどう活かされているのかは、はなはだ疑問の残るところではありますが、あんまり考えすぎると、おっさんの場合、バチッ、バチッ、と音が聞こえて、頭がショートしそうになるので、このあたりでやめておきます。
でありますから、おっさんは当然のごとく、またもや街へとくりだすのであります。
しかも今度は、誰が聞いていようと気にしません。それこそ、大いに聞いてもらおうじゃないかと、そのくらいの気持ちになっております。
これは、べつに酒が入っているからではなく、昔の記憶に勇気づけられたわけでありますので、おまちがえなきようお願いしておきます。
さて、そういうわけで、またまた、浜の町アーケードのど真中にやって来たおっさんは、落ちこんでいたのがウソのように、歌っておりました。
するとしばらくして、二十歳くらいの女の子の二人組が、ちょうどおっさんのナナメ前に場所を決めて歌いはじめました。
一人がギターを弾いて、サブボーカル。もう一人が歌うだけのメインボーカルでありましたが、その声の大きさは、おっさんをはるかにしのいでおります。そしてこれが呼吸もあっていて、なかなか上手い。
たいしたもんだと、つい おっさんは歌うのを忘れて聞いておりましたが、ふと我にかえって(いかん、いかん、あんな小娘たちに負けてなるものかっ!)おっさんもあらんかぎりの大声を出して歌いはじめました。すると、むこうの二人も、さらに声のボリュームをあげました。こうやって二、三曲くらいでしょうか、互いに張り合うような形で歌っていると、急に後から肩をポンとたたかれました。ずいぶんとなれなれしい奴がいるもんだと思いながら、振り向くと、なんと警察官が立っております。
(ぐえっ、ヤバイ)と、パニクッて、何がヤバイのかもわからずに固まっておりますと、警官は、おだやかな口調でこう言いました。
「この先の方には住んでいる人もいるので、あまり大きな声では歌わないようにお願いします。」と、これは、しごくもっともな事であります。おっさんは恥ずかしくなって、「はい。そうですかわかりました。すいません」と、顔はまっ赤なゆでダコとなり、薄くなった頭には大粒の汗をかきながら、とにかく必死にあやまりました。
それで安心したというように、その警官はそのまま去って行きました。
あまり大きな声で歌っていたので、おっさんも少々のどが痛くなっていたところでした。
そういえば、二人組の大声もきこえないぞと、そちらの方向へ目をむけると、やはり、警官に何か注意を受けている様子です。
いきがかり上、おっさんも心配して見ておりましたが、警官がいなくなるのと同時に二人組もどこかえ帰ってゆきました。
もちろん、二人が何を注意されてのか、聞こえはしませんが、だいたいの見当はつきます。女の子には、ちょっとショックだったのか、歌う気がしなくなったのかはわかりませんが、おっさんは少々気の毒に思いました。
しかしながら、おっさんは、大声で歌うなとは言われましたが、歌うなとは言われておりません。
むろん、他人に迷惑をかけてよいわけではありませんので、「歌っちゃいかん」とこう言われたら、歌うわけにはいきません。
だからそういうことではなかった。できの悪いくせに、やたら都合のよい、おっさんの頭による解釈ではそうなるのであります。
その後、二時間しっかり歌って帰りました。