あれは真夜中近くにかかってきた突然の電話だった。
やっとのことでオッサンは、その日の仕事を終え、自分のアパートへたどりついて、やれやれ、やっと誰にも邪魔をされない寛ぎの時間だとドアを開け、明かりをつけて、背広の上着をハンガーへ掛けようとしたとき電話のベルが鳴った。
「もしもし、やっとつかまった。俺だっ、わかるな」
その電話は長崎に住んでいる親戚の者からで、オッサンは声を聞いてすぐに誰なのかわかった。
「オヤジさん危ないぞ、すぐに帰って来い」
「えっ、どうしたんだって」
「おまえの父親が危篤だと言ってるんだっ!早くしないと死に目にも会えないぞっ、早く帰って来いっ。自分の親なんだろうがっ!」 電話の向こうで怒鳴りつけている男は、あきらかに異常な興奮状態にあった。
「あんたに言われるまでもないっ!オヤジが危ないのなら、これからでも飛んで帰るっ!」
オッサンより五つばかり年上の、この親戚の男はいつも上から物を言うエラそうなところがあったが、、これまでオッサンは口答えなどしたことはなかった。
このときは、どういうわけだか無性に腹が立ったのである。
(肉親でもないものが、わかったような口をきくなっ!)と言いたかった。
後で聞いた話だが、このときすでに、オヤジは亡くなっていたそうである。
それっきり何も応えず電話は切れた。
直ぐにオッサンは田川所長の自宅へと電話をし、夜分遅くの非礼を詫び、事情を話した。
「よしっ!わかった。一週間やるから、しっかり見舞って、親孝行してこい」
「ありがとうございます。これから直ぐにでます。後をよろしくお願いします」
こうしてオッサンは最終の夜行列車で、名古屋へと向かったのである。
まさか父親がすでに死んでいるとも知らずに、列車の中でオッサンは、あれこれとまた、オヤジの姿を思い浮かべていた。
オヤジが倒れたと知らせを受けて横浜の病院へ行ってから一年半ばかりが経過していた。
オヤジが会社を辞め、原爆病院へと入院し一回目の手術をした後、オッサンは一度だけ正月に帰郷してオヤジを見舞ったことがあった。
以前と比べ、別人のようにヤセ痩けたオヤジは、「俺が、こんなになっちまったよ」と言って、オッサンの顔を見るなり涙を見せた。
そのときオッサンは固まった。
あとにも先にもオヤジの涙を見たのは、そのときだけだった。
思えばこのとき、オヤジは息子との最後の別れを予感していたのかもしれない。
実際この後は元気そのもので、看護士の目を盗んでは点滴をはずし、腕立て伏せをしたり、洗濯場にあったポールにつかまり、懸垂をしてオッサンに見せたのだ。
もちろんオッサンは止めたが、このくらいはなんでもないと笑いながら軽く二十回ばかりやっていた。
それどころか、点滴をつけたまま袋を頭に乗っけて、タクシーで自宅までやって来てオッサンに説教までしたほどである。
これは言うまでもなく、病院に無断で行ったことであり、後で担当の医者に、こっぴどく怒られたそうである。
こんな感じだったから、オッサンはオヤジはまだまだ大丈夫だと確信していた。
実は、オヤジはガンに蝕まれていたのだ。
オッサンの母と妹だけは、この事実を知っていた。
このときはまだ、オッサンとオヤジには隠しておこうと二人で相談して決めていたのだという。
だから、オッサンは、あたりまえのように松本へ戻って仕事をしていたのである。