お互いの簡単な自己紹介が済んで、しばらくは、四人でなごやかに話をしていたが、いくらもたたないうちに気をきかせたつもりか、「それじゃあ、あとは二人で楽しんで」と勝手なことを言って、帰ってしまった。
オッサンは困った。
どこかの洒落たレストランで食事でもして失礼のないように別れたらいいだけの事なのだが、こういう事には不慣れなオッサンには、その洒落たレストランなど一度も行ったこともなければ、知りもしないのだ。
慣れた者から言わせるなら、少しぐらいの下調べをして来るのが常識というものだろうが、悲しいかな、オッサンにはそんな器用さも、要領よさもあるはずもない。
どうしたものかと考え込んでいたら、見合い相手の彼女が、「雑誌で見て、行ってみたいと思ってたパブレストランがあるんですけど、一緒に行ってもらえますか?」と尋ねたので、渡りに船とオッサンは飛びついた。
「ええ、もちろんいいですよ」と言いながら、背中に冷や汗をかくほどの焦りを隠していた。
とは言っても、下手なオッサンの猿芝居など、相手はお見通しだったのに違いない。
誘われるままに行ってみると、なるほど人気のありそうなログハウス調のパブレストランで、少し大人の雰囲気もあった。
実際、お客もほとんど恋人同士らしきカップルだった。
二時間ほどだったろうか、食事をしながら身の回りの事などを語り合い、流れるように楽しい時間は過ぎた。
オッサンもこれで、自分の大役も終わった。こんな美人とデートのまね事も出来たし、ラッキーであったと満足し、後は楽しかったと言って別れればよいと思っていた。
だが、今度はカクテルバーに寄ってもいいかと言うので、嫌だと言うわけにもいかず、また連れて行ってもらった。
つまり、主導権は完全に彼女が握っているわけで、なんのことはない。オッサンはお嬢様のお守り役の執事といった感じである。
次に行ったお店がまた、映画にでも出てきそうなカクテルバーで、お決まりの横長テーブルに二人並んで座ることになった。
彼女は、たしか二杯くらいだったと思うが、オッサンは何を何杯飲んだのかわからないほど飲んだ。
ここで、オッサンの悪い癖が出た。
自分のドジ話を、つい喋るのである。
言わなければよかったと、後になっていつも悔やむのだが、酒が入ると、口がすべると言うか、日常のミスやら、お客さんとのやり取りでの失敗(例えば、お客と契約話が決まったのに、契約書を忘れていた等の話)を、自然な流れで話して聞かせていた。
むろん、彼女の話もしっかりと聞いた上でのことである。
彼女は、某有名ホテルの受付をしているということだった。
銭湯屋の三人娘の長女で、代々が女系家族で、父親も入り婿であり、彼女もそういう男性を望んでいると、遠回しに匂わしていた。
オッサンも長男なので、入り婿になるわけにはいかないのであるが、まるで他人事だと思っており、遠からず丁寧なるお断りの文句を予想していたので、「お父さんは幸せですね。可愛い娘をもって」だとか、「昔とは違って、今は入り婿といっても、それほどめずらしくないですよ」とか、調子の良いことを言って彼女に合わせていた。
そうこうしているうちに、時計を見ると夜中の十二時近くになっていたので、タクシーを拾って彼女の家の近くまで送って行ったのだが、彼女の家は、ときどきオッサンも行ったことのある銭湯屋だった。