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お見合い相手は美人

 見合い相手の女性がなかなか現れないので、暇つぶしに三人で話をしているうちに意外な事がわかった。
 これからやってくる女性は、中沢係長の恋人さんの友人であり、中沢係長自身は会ったことがないそうなのである。
 つまり係長はわざわざ自分の彼女に頼み込んで、このお見合いをセッティングしたというわけなのである。
 もちろん、このときオッサンは、中沢係長の悩みも苦労も、変な責任感の事も何も知らないので、どうしてそこまでして見合いをさせたいのか、まったく理解できなかった。
 そうしてやっと見合いの相手が姿を見せたとき、一番驚き後悔したのも中沢係長だったはずである。
 というのも、その見合い相手の彼女は、そのままモデル化女優にでもなれそうな、まさに目の覚めるような美人だったのである。
 わかりやすく言うなら、彼女の両脇にもし、藤原紀香と今井みきが居たとしても10人の内の五、六人は間違いなく彼女を選ぶだろうというくらいの、絵にかいたようなスタイルであり、美人顔なのである。
 これは決して大げさでもなんでもない。
 事実、オッサンと係長は彼女が現れて席に着くまでの三十秒近くの間、呆けたようなマヌケ顔をさらして、ポカーンと口をあけていたのだ。
 女好きという点では、オッサンの数倍上であり、モテる男の中沢係長は、このとき、「しまった」と思ったらしい。
 これは、中沢カップルが結婚した後、係長さんが嫁さんには内緒だけれどと言いながら語った本音である。
 「いやぁ、あの時はショックだった。こんな知り合いがいるんなら、早く会わせといてくれと真剣に思ったよ。うちの嫁さんなんか比べものにならんかったからなぁ。なんでお前に紹介しなきゃならんのか、正直、納得できんかった。」と言っていた。
 無理もないことだと、今、オッサンは思う。
 それでは、このときオッサンはどうだったのかと言うと、彼女を見た瞬間、「こりゃダメダ」と思った。
 とてもじゃあないが、自分と釣り合う相手じゃあない。
 それより、なにより、この女性に彼氏が本当にいないとは信じられなかった。
 不思議なもので、断られると確信してしまうと、気が楽になった。
 先刻まで、ロボットみたいにカチンコチンに緊張していた心と体は、どこかに消え去り普段のオッサンがそこにいた。
 念のために、断っておくが、決して鼻の下をのばして、ダラシなく骨抜き状態になったのではなく、あくまでも日頃の自然な自分を取りもどしていたということである。
 そうなれば、初対面には仕事で慣れているオッサンである。
 いつものように、お客さんと話すような心持ちで、穏やかな接し方ができる。
 遅れてしまったことが原因だったのか、彼女は緊張した様子で、「遅くなってしまってすいません」と謝り、頭を下げた顔は酒でも飲んだかのように、真っ赤だった。
 「いや、それあるほど待ってたわけじゃないから、気にしないで下さい」と、すかさず中沢係長のフォローが入った。
 この条件反射的な対応に、オッサンは感心していた。
 気持ちが落ち着いてきたとは言うものの、見合いなんぞしたこともないオッサンである。
 何をどうしていいものやら、勝手がわからない。
 自分で言うのも変な話だが、オッサンはいたって素直で単純な、優しい男なのである。が、おしいことに、機転がきかないという、およそ恋愛において、致命的な最大最悪な欠点をもっているのだ。