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お見合い決定

 皮肉なもので、それからは特にスランプというものもなく、オッサンは無事、責任者として不動の地位を確立していくのである。
 骨折り損のくたびれもうけとはよく言ったものだ。
 もっとも、一番面白くなかったのは所長であっただろう。「なんであれで、契約がとれるのか、わけがわからん」と、しばらくの間ボヤいていた。
 それから、また奇妙な事が起こった。ひょんなことから、オッサンはお見合いらしきものをすることになったのである。
 どういうわけだか、オッサンが係員の教育を頼んで預かってもらった、あの中学課二係の中沢係長から、再三再四、話をもちかけられたオッサンはついに根負けをして、その見合い話を承諾してしまったのである。
 いうまでもなく、オッサンは他人の紹介だとか、見合いだとかは大の苦手である。
 けれども、中沢係長のしつこさはオッサンをうんざりさせるほどだった。
 つまるところ、オッサンはもう面倒くさくなったのである。
 後から聞いた話では、このとき中沢係長は自分の課の係員の女性と付き合っており将来は結婚を考えていたそうである。
 事実、二人は結婚し、めでたく家庭をもつことになったのだが、このときはまだ内密の仲であり、ほとんど誰にも話していなかった。
 オッサンが頑固な社内恋愛反対人間であることを、宮川から聞いて、内心かなり気にしていたらしいのである。
 社内では、社員の見本とまで言われるほどの真面目で通っている中沢係長である。
 これは、おそらく中学課一係の前沢係長と比較されて見られるせいもあったと思うが、品行方正であり、責任者として非の打ちどころがないと、所長は常々言っていた。
 しかるに、完璧な人間はいないのである。
 一応、会社の規範にも決められている社内恋愛禁止の事項を守り、自ら宣言しているオッサンに対して、かなり後めたさを感じ、変な責任感を持ったということだった。
 「いやぁ、見合いといっても正式にどうのってのじゃないんだ。顔合わせして、少し話すくらいのものだから、嫌だと思ったら遠慮せずに言ってくれれば、ちゃんと帰れるようにするから」
 (それなら、最初から余計な世話などしなければよさそうなものだが・・・)
 まったく妙な責任感をもったものだ。
 社内恋愛禁止という規則にしても、表向きの方針であって、絶対禁止だということではないのだ。
 実際、朝から晩まで顔をつきあわせて仕事をするのだから、下手をすると、通常の恋人といるより長く一緒にいるわけだ。だから社内恋愛結婚は、一件・二件どころではなく、半ば暗黙の了解事なのである。 
 ところが、オッサンの場合は、文字通りの石部金吉であるから、個人的には、反対であり自身ではあり得ないことだと思っていただけで、他人のことをとやかく言う気は全くないのである。
 実際、オッサンには(そんな浮ついた気持ちで、良い仕事ができるかっ!)といった気負いもあった。
 けれども、それはあくまで自分に対しての心づもりであって、決して他人に押しつけようなどと思ってもいなかったのである。
 かくして、オッサンは付き添い役の中沢係長と、その恋人の女性の三人で、待ち合わせ場所であった、とあるホテルのラウンジでガチガチに緊張をした赤ダルマのような顔で見合の相手が来るのを、待っていなければならないことになったのである。