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秘かに感動

 オッサンのやっていた介助員というのは、介護員とは少し異なり、よほど忙しいとき以外は老人達のオムツ替えをしなくてもよい。そのかわり、施設内の設備の点検や掃除等を行う。たとえば、電球の取替や車椅子の修理、ボイラーの温度の調節。それに、老人達のお風呂介助など、指導員と二人で行うのだが、女湯と男湯に別れ、何十人という老人たちを一人ずつ洗っていくのである。
 これも時間が決まっていて、その時間内に全て終わらせる必要があるので、バタバタと、それこそ飛び回るような慌ただしさである。
 介護員には、介護主任という責任者がいて、十人程の介護員を管理するのだが、介助員は一人だけであり、それを管理指導するのが指導員という役職である。
 この指導員というのは、事実上、施設長の次に位置する、いわゆるナンバー2である。
 もちろん一人だけであり、福祉大学の卒業者か実務経験6年以上の者でなければなれない。
 いうならば、施設内の職員全員の頭である。それだけに大変そうだった。ずいぶん愚痴を聞かされたものである。
 というのも、この指導員はオッサンより三歳程年下で、四年生の福祉大学を卒業した後、実務一年ですぐに指導員に昇格したとかで、なりたての指導員だったのである。
 真剣に老人達のことを考える優れた才能の持ち主であったのだが、若いせいか、とにかく新しい催し物をやりたがるので困った。
レクレーションの企画や発案をするのは指導員であるが、そのほとんどを実行に移すのは介助員及び介護員なのである。
 むろん介護員は、二十分から三十分おきにオムツ替えのため部屋を回るため、まとまった時間はとれない。介助員にしても、一日の中でやるべきことは決まっているから、それを済ませたうえで残りの時間を使って準備を進めるしかない。なんとかかんとか、コマ切れの時間をひねりだし、介護員の強力を得ながら、指導員のイメージする催しを実現させるべく行動するのである。
 特別養護老人ホームの老人たちは、何か特別の事情がないかぎり施設の建物から外出することができない。
 だから、退屈させないように、様々なレクレーションを考え、行う必要があるのだ。
 カラオケ教室、生け花教室、折り紙、踊り、演芸会、誕生会、実にいろんな催しを行った。
 これに加えて、介助員はリハビリも行わなければならない。
 車椅子から立ちあがらせて、介助をしながら平行棒をつたって歩かせるのである。
 もちろんこれは希望者だけが行うのだが、必ず二、三人はやってくるのである。半身不随の人や、片足が変形して自分の体重を支えるのもやっとだとしか思えない人が、毎回、嬉しそうな笑顔でやってくる。
 この老人たちは、平行棒を使ってでも歩くことができることに喜びを感じているのだ。
 これは、リハビリにやって来ていた老人が、しみじみ語ってくれたことだが、「つらくないですか?」と尋ねたオッサンに「いやぁ、つらくなんかありませんよ。まだ、ここまで出来ると思えるだけでも嬉しいもんです」と、教えてくれたのだった。
 外からみれば、なんでもない事のようでも、本人にとっては、大問題なのである。
 これを聞いたとき、オッサンは、心の大切さを考えさせられ、秘かに感動していた。