松本支社での営業第一日目からオッサンの進撃は始まった。
むろん、係員を逆同行したり、させたりしながらである。
責任者である以上は、決して自分の営業成績だけを追求することは許されない。係員を育てながら営業成績をつみ上げてゆくのだ。
初日に、契約が二件とれた。そして二日目も二件、三件目は一件。なんと一週間で十一セットの契約がとれたのである。
これは、前沢係長と互角のペースなのである。オッサンは自分でも驚いていたが、長野支社での自己最高記録をはるかに上回る営業成績を叩き出したのである。
これを見て、松本支社の中学課一係の小林係長は目の色を変えた。この人は前沢係長と並ぶ、全国でのトップセールスマンなのだが、恐ろしく謙虚な人だった。
「どんなやり方したら、そんなに契約がとれるんだ?」と言って、毎朝オッサンを見つけると、ロールプレイを聞かせろと、しつこいほどの研究心で何度もオッサンの下手な営業トークを聞いては、頭をかしげ、テープに録音しては考えていた。
こうなると、もう一人の責任者である中学課二係の磯部主任も面白くはない。これまで小林係長と二人で松本を守って来たという気持ちもあったことだろうが、ハッキリとしたライバル意識を示した。
一ヶ月目こそ、オッサンのダントツだった営業成績が、二ヶ月目、三ヶ月目とたつうちに、オッサンと磯部主任は、どちらがトップを取るかと、セリ合うまでになっていたのである。
もちろん、小林係長が絶好調のときは、オッサンも追いつかないことがあったが、それほどの差がつくわけではなかった。これは磯部主任も同じである。つまり、毎月が三人でのトップ争いとなったのである。
一番、喜んだのは言うまでもなく田川課長代理である。
これまでなんとか続いていたという感じの松本支社の暗い雰囲気は消し飛んで、俄に活気づいてきたのである。
これは係員達にも飛び火した。
というのも、毎朝オッサンの元気だけが取り柄のロールプレイ(営業トーク)を聞いて、係員たちはこれで、あれだけの営業成績が上げられるのだから、自分たちにも出来ると確信をもったというのだ。
これは半年後に達成した、海外旅行イベントの打ち上げの席で、はじめて耳にした、ある小学課一係の新人が打ち明けてくれた話しだが、実際オッサンの営業トークは上手いわけではない。
逆同行や同行を何度も行ったオッサンの中学課三係の三人の係員も、その感想を聞くと同じ様な、失礼極まりないことを言っていた。だが彼らも流石に馬鹿ではない。
大事なポイントはつかんでいたようである。
彼らが言うには、話はとりたてて変わってもおらず、営業トーク自体は上手いとは思わないが、妙に熱がこもっていて説得力がある。
と言う者や、後に付いて実感したのが、オッサンは商品を売ろうとしているんじゃなく、商品の説明を楽しんでいるように見えたとのことだった。
オッサンは逆同行や同行をした甲斐があったと思った。
彼らは、彼なりに真剣に観察をしていたのである。
コイツらは使える。伸びるぞという手ごたえを感じた。
そうなのである。オッサン流の営業はすべからく気持ちから入っていくのである。
そこには、テクニックやら、要領の良さなどはなく、どれだけ自分の説明している商品に惚れこみ、その商品説明を聞いてもらえることに喜びを感じられるかが勝負なのだ。
買うか、買わないかは、お客様が決めることなのである。