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別れよう。

その後、彼女には何も言わずに松本へ移った。
 オッサンは、彼女が結婚したがっていることを感じていた。けれども、それは別にオッサンである必要はなく、彼女の多少のワガママをきいてくれて、優しく接し、婿養子に入ってくれる男であるなら誰でもよかったのだ。
 こういう言い方をすると冷たいようだが、彼女はすぐにでも結婚したいと思っていても、オッサンはそう思っていなかった。
 もちろん、彼女との結婚を考えてもいたが、少なくとも、あと二年、いや三年位は付き合ってからだと考えていた。
 『石橋を叩いて壊す』とは、友人たちのオッサンに対する評価だが、当たっている。
 相手の思いと、自分の考えは、はっきりと食い違っている。自分の都合や考えを相手に押し付けたくもない。ここでオッサンは結論を出した。

 別れよう。

 そもそも、付き合っていたとも言えないような関係ではあるが、このままダラダラと続けていても意味がない。
 一年程、付き合ってきて、性格も合うとは思えない。仮に結婚できたとしても、長く続くとは思えず、すぐに別れるのがオチである。
 そう判断を下したオッサンは、松本から彼女へ手紙を送った。
 まず、松本へ移ることを伝えられなかったことを詫び、これまでの付き合いの楽しかったことを感謝し、そして、別れることが互いの幸せにつながると語り、さよなら、ありがとう!で締めくくった。
 それからは、まったくの音信不通で、オッサンも手紙はおろか、電話もしなかった。
 彼女からも連絡が来ることなく半年ほどすぎた頃に、中沢係長から、彼女が結婚したと聞かされた。
 オッサンの方から別れを一方的に告げたことを知らない中沢係長は、気の毒なことにオッサンが彼女にフラれたと思ったらしく、さんざん慰めの言葉を言ったあげくに、「気を落さず頑張れ、また紹介してやる」と言って電話を切ったが、オッサンは正直言って安心した。
 決して正しいとは言えないまでも、自分の判断の誤りでもなかったことと、あの手紙を出して、ひとつの区切りがつけられていたことが嬉しかった。
 やはり、彼女は結婚を切望していたのだ。
 たとえ一年とはいえ、オッサンは彼女の大切な時間を無駄に費やさせたようにも思った。
 けれども、半年というのは少し早いような気がしたのも、たしかである。
 これは決してオッサンだけではないと思うが、男というのは未練なもので、別れた相手に対して、頭の片隅になにかフッ切れない想いが残っていて、もしかすると、彼女から手紙が来るかもしれぬと、期待と不安を持っていたと思う。
 むろん、文句や恨み言の類であろうと、何らかの反応を示して欲しいものなのだ。
 だから、この知らせを聞いたときは、肩の荷がおりたという気がした。
 もしかすると、彼女が二股でもかけていたと誤解される人がいるかもしれないから、彼女の名誉のために一言付け加えておくと、オッサンが松本へ移ってから三ヶ月後に、彼女は正式な見合いをし、やはり三ヶ月程の交際を経て、スピード挙式をあげたとのことである。
 中沢係長夫婦もこの結婚式に出席したというから、決してまちがいはないと思う。
 あれから、もう二十年近くが過ぎているが、今頃は、いいお母さんとして、幸せに暮らしておられることであろう。