トラック野郎との悶着はそれで終わったし、傷口の腫れも思ったより早くひいて、順調に治っていた。
オッサンは係員たち三名を、中学課二係の中沢係長へと預け、よろしく教育して下さいと頼んで了解を得、ひとまず安心していたが、大変だったのが、所長とのマンツーマンでの研修である。
現地へと出られなくなったオッサンは、一週間まるまる所長からの猛特訓を受けることになった。
また困ったことに、良い機会だとばかり、やけに所長は張り切っていた。
しかし、オッサンは気が重く、いやな予感がしていた。
勿論、仕事内容をチェックしてくれるわけだから、有難いことだし、考えようによっては幸運だと言えるかもしれないのだが、なんとはなしに、あまり良い結果とはならない気がして仕方がなかったのだ。
それに所長の意気込んだ顔もいやな感じがしたものである。
まるで、ヘビに睨まれたカエル状態といった心持ちである。
まずは自己紹介から商品説明、クロージングという流れを、普段やっている通りにやって見ろと言うことで、所長はお客様役となり、一通りを終わった。
時間にして約四十五分位である。
所長が相手とは言え、オッサンは現地で実際にお客さんと接しているつもりになって、それなりに頑張って話したのである。
けれども、聞き終わった所長は首を傾げて「こんな説明で、よく契約がとれるなぁ」と呆れ顔で感心しているのである。
(俺が一生懸命に説明しているものを・・・)
と、少々オッサンもカチンときたが、一方で欠点も気になった。
「どんな点がマズイんでしょうか?」
「一言でいって全てマズイ」
「全て?ですか」
(まったく、身の蓋もない言い方しやがって。他に言いようがあるだろうがっ!)と思いながら、どうしたらよいのかをオッサンは尋ねた。
「そうだな、最初から一つ一つ改善していくしかないだろう。まずは声だ。会社では大声で社訓を読むお前が、現地では蚊の鳴くような声で自己紹介をしている。そこから直していこう」
こんな調子で細かく、始めから終わりまで二、三言刻みで改良され一週間後にやっと、所長は御墨付きをくれ、オッサンは現地へ出た。
むろんのこと、所長の営業トークを研修中に何度も聞かされ、テープにまで録音して家に帰ってからも、声の感じ、よの抑揚をつかもうとオッサンも努力した。
口は悪いが、さすがに所長の営業トークは優れていた。
お客様との壁とり、商品説明のわかりやすさ、クロージングでの説得力と押しの強さ。どれをとってもオッサンとは比べものにもならないと、オッサン自身も思い、真剣に学び会得しようとしたのである。
だが、思うように物事は進まないものである。
現地へと出て、仕事を始めたオッサンは一ヶ月近く、全く契約がとれなくなったのだ。
所長も責任を感じて、何度か逆同行(後に付いて観察すること)をしてくれたが、特に欠点という程のものは指摘出来なかった。つまり、それほど完璧に所長トークを、その時オッサンは身につけていたのである。
そして、とうとう所長は言った。
「前のやり方に戻して見ろ。このままじゃ死活問題だ。何でも試してみるしかない。」
その言葉通りに、前のやり方に戻したオッサンは、その日に二件の契約を取った。