こうして、オッサンは見合いをした彼女と付き合うことになったわけだが、ちょうど同じ頃、別のやっかい事が起こった。
今で言うと、ストーカーもどきな出来事が起こっていたのである。
先に話したことだが、何度注意しても遅刻してくる女性社員を覚えているだろうか?
そうなのである。あの女子社員が被害者なのだ。
確かに、容姿だけを見ると、アイドルにもなれそうな、可愛い女性で通る。
けれども、性格は・・・悪いとまでは言わないが、何を考えているのかわからない。オッサンにとっては宇宙人そのものだった。
なにしろ、涙を流しながら、謝った翌日にはケロッとして、しっかり遅刻をしてくるのだから、部下として教育するには、手強い相手である。
少しだけ、彼女の名誉のために弁護するなら、彼女の家は会社から列車で一時間ほどかかる、遠い場所にあり、朝の通勤は楽ではなかったろうと思えるし、オッサンも少し意地悪い見方をしていたのかもしれない。
とにかく、朝から夕方の五、六時までずっと一緒に仕事をしているから、いろんなアラを見てしまうのである。特にこのときのオッサンのように、カタブツの頑固者で道の曲がり角でさえ直角に歩きかねない男にとっては、女性不信の温床となっていた職場といえるのだ。
たとえば、夏の暑い盛り、現地を回って帰って来た女子社員が、「暑い、暑い」と言いながら団扇でスカートの中をあおぐ姿を、あたりまえのように毎日見ていると、女性への憧れなど、どこかえ消え去ってしまう。
ここで話がつい脱線してしまったのを、お詫びし、お許し願って、ストーカーもどきの話題にもどします。申し訳ありません。
どういうことかと言うと、先刻の彼女、仮にA子と言っておく。このA子がある男性社員に恐い思いをさせられていたのである。
A子の仲間内では、けっこう知られていたことらしいが、オッサンは相談されるまで知らなかった。
ある日、A子はオッサンのところへ、やってきてこう言った。
「あの・・・N男さんが、親切で家まで送ってくれるのは、有難いんですが、最近だんだん気味悪くなってきたんで、やめるように主任から言ってもらえませんか?」
「というと?何か嫌なことされたのか?」
「いえ、別に何かされたとかじゃないんですけど、あんまり送ってもらうのも悪いと思って、何度も断ってるのに、毎日帰る頃になると、会社の出入口の前に車止めて待ってるんです。なんだか恐くなってしまって・・・」
「そうか、それもわかる気がするな、わかった。一言注意しておく」
オッサンはN男の仕事上がりの時を見計らって声をかけ、近くのファミリーレストランに呼び出した。
このN男というのは、このとき小学課二係の平社員だったが、元は中学課一係にいた、オッサンの一年先輩社員である。
オッサンがまだ、長野支社へ配属になったばかりの頃には、なにかと世話になったし、仕事上の色んな事を習わった。
だから、一応は敬語で話す。
「実は、A子の事なんですが、彼女がN男さんを恐がってます。家まで送ってもらうのは有難いけれども、断っても毎日待っていられるのが、気味が悪いそうです。」
このとき、一瞬N男は泣き出しそうな表情をしたが、ぐっとこらえた様子でこう言った。
「そうか、そりゃあ悪いことしたな、恐がらせようなんて思ってもいなかったんだけど、正直言って、俺あの娘のこと好きでさ。嫌がってるんなら、明日からやめるよ。謝っといてくれるかな?」
「わかりました。悪気は全くなかったんだと、しっかり伝えておきますから、安心して下さい。」
この後、オッサンは食事を二人分注文しようとしたが、N男は自分はいいからと、そのまま帰ってしまった。