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オヤジとの約束

 オヤジも年を取ったと、帰りの列車の中でオッサンは思った。
 はじめてのことだったのだが、オヤジが小さく見えたのだ。
 そして、大学入学当時にしたオヤジとの約束を思い出していた。
 「大学は、東京でもどこでも行っていいが、お前は長男だから、卒業したら、必ず地元の長崎に帰って来て、家の跡を継ぐんだぞ」とオヤジは言っていたのだ。
 オッサンは、東京にある大学へと行かせてもらい、たしかに長崎で就職をしたが、転勤して、今は松本で働いている。
 オヤジとの約束は、決して守れていないのである
 だから、転勤話が出たとき、まっ先にオヤジへ相談した。
 おふくろは反対したが、「やれるときに、なんでも悔いを残さぬようやってみろっ!見る前に飛べだ。頑張れっ!」とオヤジは言ってくれた。
 この言葉に勇気をもらいオッサンは転勤を決め、売れない会社のお荷物社員だったのが、責任者になり、係長にまで成り上がったのである。
 同じ責任者と言っても、主任と係長では、会社としてのとらえ方がちがってくる。
 係長からは幹部社員として認められるのである。
 一本の木に例えるなら、枝や葉ではなく、会社を支える幹として認識されるのである。
 社会人として、一人前になれた自信もついてきた。
 だが、オヤジとの約束もいい加減にはできない。
 そろそろ長崎へ帰ることも頭の中に入れておかなければと考えはじめていた。
 そういった個人的な悩みを抱えたまま松本支社へと帰ったオッサンを待っていたのは、慰安旅行での小林係長と磯部主任のみやげ話だった。
 「いやぁ、ありゃすごいね。酒乱とは聞いていたけど、あんなにすごいとは思わなかった。前沢君のは半端じゃないね、所長から禁酒令がでるはずだ。」と小林係長は、いまさらながらに感心したように言った。
 「まったくひどかった、二重人格ですね あの人は」と磯部主任も負けずにまくしたてる。
 オッサンは、それほど細かく聞かなくとも、だいたいのところは、わかっているのだが。この二人にとって、酒乱の前沢係長のインパクトはかなり強烈だったようで、事細かく何をどうしたのかを話してくれた。
 よくよく聞いていくと、長野の所長から例によって禁酒令を出された前沢係長は、何も知らないはずの松本支社の者へと泣きついて、所長の目の届かない小さな小料理屋で飲みはじめた。
 前沢係長が泣きついた相手は、小林係長である。何も知らないどころか、オッサンからしっかりと話を聞き、くれぐれも注意するようにと念をおされている小林係長である。
 だが、せっかくの慰安旅行でもあるし、泣きつかれるとかわいそうにもなり、少しぐらいなら大丈夫であろうと仏心をもった小林係長の判断が甘かった。
 むろん、無事に済むはずはない。一件目の小料理屋でおとなしく前沢係長が帰るはずもなく、二件目のスナックへ。危機を感じた小林係長は、磯部主任と他の数名を応援に呼んだ。ここで前沢係長の酒乱はピークに達した。
 他の客へと言いがかりをつけはじめ、つかみかかろうとするのを何度もなだめすかしたあげく、最後は、やたらハイになり、安木節まがいの踊りを踊りながら食べ物を床にまき散らかし、その上に大の字にうつ伏せたまま動かなくなった。
 お店の人に平謝りに謝って、五人がかりで担ぎ出し、旅館へと帰ってきたのだそうである。