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朝まで馬鹿話

 怒りの感情をでき得るかぎり抑えて話した。
オッサンの説教が効を奏したのか、久保田君もようやく事の重大さに気付いたらしく、心なしか顔色が青ざめてきたので、入れ代わりに佐藤君を呼ぶように言いつけて部屋にもどした。
 しばらくしてやって来た佐藤君は、何で呼び出されてのか理解できないといった感じで、せっかく盛り上がって楽しい会話を邪魔されたというように、少し不満そうだった。
 オッサンも、少々うんざりしていたが、久保田君と同じように怒鳴りつけたいのを、必死にこらえて話した。
 「いいかい、下手をすると、会社全体を巻き込んだ大事になるかもしれないんだよ。責任とれるのか。一口で言えば未成年の女の子を会社の寮に連れ込んだことになるんだ。分かるよね。」
 「それは違いますよ。彼女たちが勝手について来ちゃったんだから・・・。」
 「それは君の考えだろ。世間一般に言えば、それは通らない。つまりは、立派な社会人である大人が子供をだましたように言われるんだ。それが世の中の常識的な味方だよ。それに、自分一人で住んでいるアパートならまだしも、ここは一応、会社の寮なんだ。成人の女性であっても連れて来てもらっちゃ困る。」
 佐藤君は、そんなに大げさな事じゃないものを、何故それほどムキになっているのか納得できないという様子だった。
 だが、親が心配するから、家に連絡を入れさせることは必要だと思ったようで、ぶつぶつと独り言を言いながらもどっていった。
 彼自身が、まだ大人になりきれていない子供なのだ。

 オッサンは、彼ら二人を信じようとしばらくは待ってみた・・・
 けれども、三十分程しても降りて来ないので、やれやれ仕方がないと、オッサンはまた二階へと上がっていき、今度は女の子二人を説得しようと、再び久保田君の部屋へ入った。
 思った通り、状況は何も変わっておらず、やはり車座になって、四人は楽しそうに馬鹿話に花を咲かせていた。
 彼ら二人から話はしていないのだろうと思い、オッサンが口を開こうとした矢先に、女の子の一人が、オッサンへ話しかけた。
 「あのね、どうせ今、家には誰もいないの。うちら二人ともカギッ子なんだ。金曜の夜はいつも一人ぼっちでさ。つまんないから、二人でゲーセン行ったり、カラオケ行ったりして時間潰してるの。」
 「それでも、お母さんがいるだろ?」とオッサンが聞くと、「父さんが朝にしか帰ってこないから、うちのお母さんなんて遊びに出かけてるよ。この娘のお母さんは夜のお勤めの人だから、二人とも似た者同士ってわけなんだ。」
 本当の話かウソなのか、分からなかったが、少なからず根が単純なオッサンは同情してしまった。
 それでもやはり家へ帰ったほうがいい。三人で送って行くからと言うと「今からじゃ無理だよ。汽車もないし、黒姫山って知ってる?あの少し手前が家なんだ。」
 それは長野県を過ぎて、新潟県へと入った県境近くの山だった。
 「寒いしさ、もう外に出たくないから、朝までここにいてもいいでしょ。」
 結局、オッサンもこの馬鹿娘どもに言いくるめられ、朝まで馬鹿話に付き合ったあげく、始発の汽車の時刻を待って、三人して駅まで行き、しっかり見送りまでさせられる事となったのである。
 その後、一時間近くオッサンは二人に説教をして、出社したのだが、一週間くらいは不安で、どうにも落ち着かなかったものだ。もし親が心配して警察にでも届けていたらどうしようもないのである。
 けれども、それは、とりこし苦労に終わった。