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ケンカ

 この前もケンカを止めた話をしたばかりで申し訳ないが、今度は、オッサンが歌を唄っている目の前で急に始まったケンカについて話してみようと思う。
 というのは、この時めずらしく、オッサンは大声を出し、三回もこのバカ者二人を怒鳴りつけてしまったからである。
 それでは、最初から順を追って語ってゆくことにしよう。
 オッサンは、いつも空いていれば、浜の町アーケード内の大丸デパートの正面入口前に陣取ってストリートライブをやっている。(ストリートライブと大げさに言うと、勘違いされるかもしれないから、断っておく、これはただ、オッサンのストレス発散の為、大声を出して好きな歌を唄っているだけの行為である)
 ところが、最近ではこの場所は、なかなか空いていないことの方が多いのだ。
 この日も、正面入口のすぐ脇に、三人の女の子(年令は皆二十歳前後)が座り込んで話をしていた。
 しかし、正面入口の真中には誰もおらず空いていた。オッサンはチャンスとばかり、簡易イスを置き、譜面台をセットし、ギターをとりだしてスタンバイし、万全の用意ともいえる形で、いつものように歌を唄いはじめた。
 オッサンの愚かな予想によれば、いきなりギターを抱え歌を唄い始めた、わけの分からぬ中年オヤジを見れば、五分としないうちに三人の女はどこかに消えていなくなるはずだった。
 ところが、唄い始めて三十分以上が過ぎているというのに、この三人は消えるどころか動く気配すら感じさせなかった。
 もちろん、公共の場所であるわけだから、皆が同じように利用しても何も文句は言えない。
 まして、後から来たのはオッサンであるから、立場は弱いのである。
 けれども、オッサンは内心この三人をウザイと思いはじめていた。
 (ったく、どっか行ってくんないかなぁ・・・)
 立場の弱いオッサンは、仕方がないので知らん顔をきめこみ、気分を変えてみようかと、普段はめったに唄わない長渕剛の歌を唄いはじめた。
 なぜなら、長渕の曲は男のは受けがよいのだが、女性には不人気なのである。
 (ちなみに、オッサンは理由あって、長渕は嫌いである。だが、たとえ歌い手が嫌いな人物であっても、歌自体に罪はないので、良い曲であると思ったら、ほんのたまに唄ってしまうこともある)
 しかるに、この三人には何の効果もなく、長渕を一曲唄い終わって落胆しているオッサンのところへ、追い打ちをかけるがごとく、「他に長渕の曲は唄えませんか?」と、どこかで聞いていたのか、三十才前後の兄ちゃんがリクエストをしにやってきた。
 さすがにオッサンも長渕を続けて唄いたくなかったので、他はできないと断って、パラパラと次に唄う曲を、手書きのノートから捜していると、その兄ちゃんは横から目ざとく、その中にあった矢沢永吉を見つけて、それではこれを唄ってくれと言うので、仕方なくその歌を唄いはじめたのである。
 そして、事件は起こった。
 「貴様、俺の彼女ばナンパしよっとかっ!」と、耳をふさぎたくなる程の大声で、しかも、オッサンと五十センチと離れていない場所でケンカが始まった。
 そうかと帰りかけた男の背中をつかんで引っ張りギャーギャーとわめき出した。
 そして、帰りかけた男も今度は、怒気を荒げた声を出し、取っ組み合いのケンカである。
 歌を唄っていたオッサンも思わず、二人を押しのけ、「おまえら、ケンカするなら、あっちいけっ!」と怒鳴った。「早くいけっ!」「何ばしよっか、早ういかんかっ!」