ストリートで歌を唄っているような連中は、オッサンを含めて皆そうだと思うのだが、自分の唄が一番上手いと考えながら歌を唄っているはずである。
言ってみるならば、大バカ野郎たちなのだ。もっと言うなら、独り合点の幸せ者、オメデたきナルシスト達なのである。
また、そうでなければ、天下の往来で声を張り上げて唄えるものではない。
やはり、どこか変わった個性の表れであると思う。
最も、これは街角に出て唄っている時点ではという話しである。
毎回、オッサンもそうなのでが、ストリートで唄う直前の準備段階では緊張しているものだ。それが心を決めて歌を唄い出した瞬間から、恥知や不安はどこかに消え去り、自分に酔ってわめいているオメデたき人が出現するのである。
だから、自分より声の出ているヤツがいたり、上手な演奏をしていると思える者がいたりすると、負けじ魂というか、独り相撲の気合いというのか、つい張り合ってやろうという愚かさが顔を出してしまうのである。
こういうことは、後で独りになって冷静に考えてみると、なんとも大人気なく幼稚なことであったと、自己嫌悪の種になったりもする。
先刻のアンプの二人組も何も考えず、単に場所を移動しただけなのかもしれないのだ。
しかるに、このときのオッサンは、つまり唄っている状態のテンションのままのオッサンには、そんなことを考える冷静さなどノミの糞ほどもありはしない。
まさしく、勝ち誇った勝利者の気分で、その後も、疲れ知らずの馬車馬のように歌い続けていたのである。
すると、あのマスターがやって来た。
そうなのだ、ライブの苦手なオッサンに初ライブをやらせた、レストランバーのマスターが見回りにやって来たのだ。
結局は、オッサンを含め数人だけで行ったあのレストランバーでの生ライブが、このマスターにとっても初めての試みであったらしいが、あれから二年以上たった今でも、レストランバーでのライブ活動は時々、行われているのである。
むろん、あの初ライブ以来、オッサンは出演してはいない。
けれども、こうやってアーケード内をまわってミュージシャンをチェックするときには必ず、オッサンの所へまず話しにやって来るのである。
「やあ、どうかね。今日は、演奏の上手いのはいそうかな?」と、オッサンに問いかけて、アタリをつける。
「どうでしょうか。あんまり声の響く人もいないようですが」と、オッサンはその時の自分の感覚で答えるのだ。
「そう、じゃあちょっと見てくるよ」と、ひととおり、アーケードを歩きながら、気になったミュージシャンに声をかけるのである。
だから、浜の町アーケード内のストリートミュージシャン達には、かなりの顔なのである。
そうして律儀なことに、帰り際にもまたオッサンの所へ来て、その日の感想をひとわたり言って帰るのである。
「いやぁ、今日はあんまり上手いのいなかったね。なんだかピンとこないね。」
「そうですか、やっぱり」
「あっ、そうそう。さっきここで唄っていた二十歳くらいの女の子いたでしょう。」
「ええ、いましたね。わざわざ挨拶してくれましたよ。よろしくお願いしますって」
「そう、あの娘さ、けっこう礼儀正しいんだよ。でも、あんたのこと恐がってたよ」
「そうですか、なんでだろうな。普通にこちらこそよろしくって返事しただけなんですけどね。やっぱり、この顔が恐かったんでしょうかね?」
マスターは爆笑して帰っていった。