働きだしてみると、このジイサンはなかなかの人格者で人気者でもあった。
オッサンは、最初のころ、このジイサンとオバサンが夫婦であろうと思っていたのだが、これは、まったくの誤解であった。
ジイサンの奥さんと娘さんは家を出ており、別の場所で暮らしているとのことだった。
その理由は、話してはくれなかったが、よほどこみ入った事情があるらしい。
このオバサンは、もともとジイサンの店のお得意さんで、ときどき店に来るうちに、男所帯のあまりの汚さを見るに見かねて、家から通いで手伝いに来るようになったという、人の良い世話好きのオバサンであった。
数年前に警察官を定年退職したご主人と二人で暮らしているとのことで、息子も二人いるが、、一人は結婚し他県に出ており、もう一人は、独り者だが喫茶店のマスターをしているという。
この喫茶店を経営しているという息子がオッサンより一つ年上だったから、「最近の若い人は、結婚して所帯をもつという意志もなければ観念もない」などと、自分の息子の愚痴をもらすたびに、オッサンをひきあいにだして、まるで、その息子の身代わりのような調子で説教をするのである。
もちろん、これは親しみの裏返しなのだろうが、慣れてくるにしたがい、遠慮もなくなり、小言の回数も増えてくる。良い人だとは思いながらも、口うるさくてしかたなかった。
さて、肝心なのは仕事である。この店は、三、四ヶ月に一度、島原や諌早の農家で催しがある際に、ミシンの展示販売をする以外では、ほとんどが修理かミシンの分解掃除や組立しかやっていなかった。
ジイサンは手とり足とり、オッサンにミシンについてのノウハウを教えてくれた。
わざわざ、ミシンの一つ一つの部品の説明を詳しく書いている小冊子まで作ってくれてあり、オッサンも、それなりに熱を入れて勉強したものである。
だが、言うまでもなく、オッサンは不器用この上ない人間である。
それこそ数えきれぬほどの失敗をくり返し、ジイサンに迷惑をかけた。人格者であると言ったが、オッサンがどんな失敗をしても、このジイサンは決して怒ったりしないのだ。
「なぁに、失敗は成功の母だ」と言うのが口グセだった。
けれども、ミシンのシャフト(軸)が二つに折れたときには、さすがのジイサンも、目を丸くして、「こんな頑丈な品物が折れることもあるんかね?」と首をかしげて、驚きあきれていた。
ジイサンには気の毒なことだが、これは、もしかすると、家系的なことなのかもしれないのである。
というのも、亡くなった、オッサンの父親もよく物を壊していたからである。
本人は、自分は器用なのだと自慢していたが、決してそんなことはない。腕力は怪力と言ってよかったが、まちがっても器用とは言える人ではなかった。
だいぶ前、たしか、オッサンが高校生の頃に、父と息子で畑仕事の真似事をしたことがある。
これは、農家育ちの母から作物をつくりたいから、地ならしをしてくれとの依頼で、父と息子は、やったこともないノラ仕事に、俄然張り切って取り組んだのである。
木の切り株の根を掘りかえしたり、石や岩を土中から取り除いたりしたのだが、その日一日で、父親は、三本の鍬の柄を折った。
そのうちの二本は新品である。作業途中でわざわざ、オッサンが買いに行かされたのでまちがいはない。
「こんなもの、折ろうとしたって、折れるもんじゃないけどね」と、母親は不思議がっていたが、当人は、自分が不器用だから折れたとは認めず、少し力を入れすぎただけだと言い張っていた。