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退職金は三十万円

 そして、長崎支社は閉鎖された。例の女事務員以外は全て会社をやめた。
 オッサンは係長でもあり、会社の幹部だからと、福岡支社でしばらく勉強したのちに、また長崎支社の再開を目指せとの内示があったが、断った。
 会社への不信と、少しだが父を亡くした母親への心配があったためである。
 五年半の間働いて、退職金は三十万円程だった。
 この金は結局は家のローンの支払に当てろと母親に全て渡すことになった。
 実を言えば、最後に残ったメンバーで学習塾をやろうという計画があった。言いだしたのは、あの小学課の女子社員である。
 英語なら、自分たち外短の卒業生三名で教えられるから、他の科目をオッサンともう一人の男子社員でやってくれと言うのである。
 彼女は、かなり本気だったようで、細かい計画書を作っていた。必要なもののリストから、週に何回、何の科目を教えて時間割も決め、宣伝用のチラシのサンプルまで数種類考えてあった。
 この申し出は、オッサンとしては、とても嬉しいことだった。
 なぜなら、最後に残った、オッサンを含めた五名の信頼関係が強かった証しだからだ。
 全員の者が賛同し、やってみるかと八割方、話しは決まり、オッサンの家に皆で集まって数回の会議をひらいた。
 だが、そのうちの一人が良い就職口の内定をもらった。
 長崎では有名なT醤油株式会社である。
 そして、しばらくしてまた一人優良会社の就職が決まった。
 実を言うと、オッサンは、会社が閉鎖する二週間程前から、この四名にはときどき、ハローワーク通いをさせていたのである。これが実を結んだのだ。
 二人は恐縮して、アルバイトとして学習塾を手伝うと言ってくれたが、オッサンに迷いはなかった。
 この学習塾の話は白紙にもどそうと決めたのだ。
 彼らが就職する優良企業の会社では、もちろん副業など許されない。たとえアルバイト程度のことだとしても、もし会社に知られたら悪影響をもたらすことは目に見えている。
 残りの者達だけででもやろうと主張した者もいたが、オッサンは独断と頑とした決意をもって、これを退いた。
 元上司としての強味である。
 彼ら、彼女らは、まだ若くこれからの可能性が多分にあるのだ。学習塾は必ず成功するとはかぎらない。
 せっかくつかんだ幸運を活かして欲しかったのである。
 すくなくとも、彼ら、彼女らの新しい出発の邪魔だけはしたくない。ここはひとつ、オッサンが悪者になってでも、やめさせようと考えた。何となれば、もし学習塾をやって、成功したとしても、この二人は負い目を感じつづけるだろうし、信頼による団結も消滅してしまうかもしれないと思ったからだ。
 オッサン一人が除外されてもいたしかたないと腹を決めた。
 だが、こうして解散した後も、五人は度々、飲み会などで集まった。
 この三年後に、三人娘の一人が結婚式を挙げたのだが、そのときも、この五人は、わざわざ福岡まで出向いて、お祝いをしたものである。
 外短出身の三人は皆、福岡生まれの福岡育ちで幼なじみだったのである。
 オッサンにとって、彼女らは、血のつながりのない妹みたいなものだったので、どうして福岡へ帰りもせず、長崎で職に就いたのかが、どうにも不可解で心配だったのだが、これで一安心した。というのも、結婚したのが、リーダー格の、あの小学課の女子社員だったからである。他の二人もそれに習って幸せになってくれることだろう。