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青天の霹靂

 だが、わざわざ喫茶店へとオッサンを呼び出す場合、彼女たちに会社を辞めようという気持ちはない。ああでもない、こうでもないと仕事の愚痴や弱音を吐いたあげく、「元気が出ました。明日から、また頑張ります」と自分で勝手に結論を出すのである。
 オッサンは、ただ「そうか、大変だよな」とか「がんばってるな」とか、適当なあいづちを打ちながら、彼女達の気が済むまで話を聞いているだけである。
 もちろん、一対一ではない。オッサンは一人だが、向こうは必ず二人か三人か、ときには五人という場合もあった。
 ちなみに、オッサン達の長崎支店の事務所は、坂本町の片足鳥居から、歩いて二、三分のところにあったから、その付近に喫茶店と言えば、一、二件くらいしかない。知っている人にはすぐにわかるだろう。
 一人の男が数人の女に、何か文句を延々と言われ続けているような絵が浮かぶだろうと思うが、店の人は、この光景をどう見ていたのかと考えると、あぶら汗が出てきそうである。
 ようするに、彼女達は、今現在の自分たちがどんな心境で、どんな大変さを感じているのか、それをオッサンに知ってもらいたいのである。
 つまり、そうやって、ストレスを発散し、心のバランスを保っているのだ。
 だから、辞めようと思ったら、相談することなく、即座に意志を表明し直ぐに辞めていった。
 このあたりは、キッパリとしたものである。
 男だと、なかなかこうはいかない。彼らが辞める場合は、何ヶ月か悩んだ末の結論というのが多い。そのかわり、仕事の愚痴や弱音を上司に話すこともない。
 自分の中で、悶々と悩んでいるものである。
 責任感というのが頭をもたげてくるのだ。
 しかし、中には無責任を通りこした甘ったれもいるもので、数日間無断欠勤をした後に、母親に電話をかけさせ、辞意を伝えさせたヤツも居た。
 もちろん、何度も本人を電話に出すように、母親へ交渉したのだが、無駄だった。
 母親も母親なら、息子も息子で、どうしようもないマザコン男である。
 あいた口が塞がらないとは、こういうときのことを言うのだろうが、多少なりとも関わりあったものとして、せめて、自分で辞意くらいは表明するという、そういうあたりまえの社会常識くらいは教えてやりたかったが、いくら言っても本人はでてこないので、仕方がない。母親に了解した旨を伝え、辞めさせた。
 かわいそうなもので、こんな男は、他に何をやっても、このままでは使いものにはならないだろう。
 バタバタと忙しい毎日の中で、いろんな事があったが、こうして八ヶ月間ほどがたったころ、まさに、青天の霹靂とも言える事が起こった。
 オッサン達が回っている現場を、他の支社の者がすでに回っているというのである。
 これが、どうしてわかったかと言うと、はじめて入った家で、「まったく同じ説明をついこの前、聞いた」というお客様が、何件もでてきたからである。
 中学課の係員達も、首をかしげながら、自分達も同じことを言われたと報告した。
 会社へ帰って、事務の者に聞いてみると、知っていたという。
 (何だそりゃ)
 会社から俺たちに内緒でという指示でもあったのかと、あらためて聞き返すと、そうではないと言う。
 では、どうして俺たちに知らせなかったのかと、少々怒気を含め問い正すと、「そんなの知っていようが、いまいが関係ないでしょう?」と、その馬鹿な女事務員は答えた。(このとき、すでに、男の事務員はやめており、一人しか事務員はいなかった。)