「それじゃ、大きなちがいって何ですか?」
「それを自分の目で見て、わかってほしかったんだ。時間もないから簡単にポイントだけ言うぞ。あとは自分で考えろ、俺と君の決定的なちがいは、売ろうとして話をしているか、そうじゃないかだ」
「でも、僕は僕なりに、売ろうとして話してましたよ」
「だからダメなんだ。先刻、俺が半年間近く売れなかったダメ社員だったと言っただろ。あれは売ろうとして話をしていたからなんだ。」
「どういうことですか?」
「つまり、売ろうとするなってことだ」
「そんな無茶苦茶なこと言わないで下さいよ。いくら新人だからって・・・」
「いいや、俺は大まじめで言ってるんだ。考えて見ろよ、君がお客様の立場でちゃんと考えるんだぞ。いいか、突然に見も知らない人間がやってきて、自分の会社ですばらしい教材をつくっているからと、一時間近くも、勝手な話をして、その価格は二十五万円します。買って下さい。と言われて、はいそうですかと、すんなりと買う気がするか?」
「そう言われてみると、少し無理がありますよね。」
「そうだろ、俺たちは魔法使いじゃなんだ。お客に買わせようとしたって、無理なのは無理」
「ちょっと待って下さいよ。それじゃ僕たちの仕事はどうなるんですか?」
「だから、売ろうとせずに説明に集中するんだ。心を込めて、正直に、その商品の優れている点を話す。それが俺たちの仕事だ。買うか買わないかは、あくまでお客様が決める」
「でも、もし一時間じっくり話をして、買ってもらえなかったら、その時間は無駄になるじゃないですか。もったいない」
「そんなことはない。それだけの時間説明を聞いてくれるお客さんは天使なんだ。必ず次につながる」
「そんなもんですかねえ」
「まあ、そのうちわかるだろうさ。ただし、これだけは言っておくけど、どれだけ内容の優れた良い商品だったとしても、それを説明する人物が、心からそう思っていなければ、その良さは伝わらない。」
「はぁ、そりゃまぁ、そうでしょうが・・・」
「つまり、それはウソになるからだ。いくら話が上手な者でも、それじゃダメだ」
「でも、契約してもらえたら、それは伝わったということでしょう」
「たとえ、その場で契約をしてくれたとしても、何日かたってキャンセルされたら同じだろ」
「・・・・・・」
「よく覚えておけよ。お客様はお前の話す言葉だけを聞いてるんじゃない。話し方や態度、表情、全てを見ているんだ。お客様にも、いろんな事情がある。たとえば、全く勉強をしてくれない子供の将来を心配している母親だとか、やる気があっても、すでに学校の授業についてゆけず、勉強のやり方もわからなくなった子供をもつ家だとか、それこそ様々だ。だから、一応はひととおりの説明も聞いてくれるし、真剣に考える。けれども、そんなに安い買い物じゃない。結局、最後は人間対人間の問題となる。説明をしてくれたセールスマンを信用できるかどうかなんだ。どれだけ上手く良さそうな商品だという説明を聞いても、こいつは信用できないと思ったら絶対に買ってはくれない。営業マンが自分を売るというのは、そういうことだ。話の上手下手じゃない。決して、お客をだまそうとするな。自分の思っていること、信じていることを誠心誠意、少しの偽りもなく話すこと。これが一番大切なことだ。しつこいようだが、しっかり覚えといてくれ」と、だいたいこんな内容の話をして、「よしっ、次の家だ」と新人の肩をポンとたたいた。