そして、いよいよ現地をまわる日がやって来た。
しかるに、オッサンは初日から現地での自分だけの仕事はできない。なぜなら、新人を育てるべく、逆同行をしながら、アドバイスを与え問題点を指摘してやらねばならないからである。
それも一人一人を公平に数回の逆同行をするのだ。その中で営業成績も一定のレベルを落とすわけにはいかない。
ただし、今回は松本支社とは異なり、全く営業経験のないど新人である。今度のクリアすべきハードルは、さらに高いものになる。
予想していた通りに、一人目の新人は一件目の家の玄関を入るのにとまどった様子を見せた。
緊張のために固まって動けないのである。
オッサンも新人で初日のときはこうだった。
まったく見ず知らずの他人の家に呼び鈴を押して入ることは、その経験のない者にとって、かなり抵抗を感じる厚い壁なのである。
だが、オッサンの初日のときは、後には誰もいなかった。
逆同行という手間のかかることを最初からやってもらえることはラッキーなことなのだ。
しかし、当の新人にしてみれば、これほど迷惑に思えることもないだろう。ただでさえ緊張しているのに、さらに上司が後に付いて目を光らせているのである。
まったくやりにくくて仕方がないという様子が手に取るように感じられる。
それでも、ようやく決心をしたのか、玄関の呼び鈴を鳴らし、出てきたお客様と話を始めた・・・。
蚊の鳴くような小さな声で、自信なさそうにオドオドしている。驚いたことに、ときどき後のオッサンの方を、助けを求めるかのように見たりもしていた。
思ったとおり、直ぐにアプローチアウトとなり、次の家へと回った。
それから、たて続けに5件のアプローチアウトを喰らって、さすがに気が滅入ったのか、オッサンの顔を見て、「僕には、この仕事向いてないんですかねえ?」とボソボソと元気なくつぶやいた。
悪いとは思ったが、オッサンは思わず笑って、「たったの五件くらいで、何がわかるもんかい」と答えた。
そうして、半年間以上も全くオーダーの取れなかった自分の経験を話した上で、「よしっ、次の家は俺がやってみるから、自分との違いをしっかりとつかめよ」とエラそうに胸を叩いて、次の家へと入っていった。
アプローチから商品説明を終わって、クロージングへと入ったところで、お客は、もう一度子供に同じ説明をしてやって欲しいと言った。
まだ時間が早くて子供は学校から帰ってきていなかったのである。
子供が説明を聞いて、やりたいというのなら購入したいと言うのである。
もちろん、オッサンは快諾して、夕方また来訪する約束をし、家を出た。
オッサンの後で一部始終を聞いていた新人は、しきりに首をかしげて、何が違っていたのかを考えているようだった。
思っていた以上に良い所を見せられてオッサンもホッと一安心と言ったところだ。
近くの公園で少し休もうと、二度目の休憩をとることにした。
「どうだ、何か違いがわかったか?」
「はぁ、違うと言えば、全てが違いますが、話している内容は、ほとんど変わりませんでしたよね。何が悪かったんだろう・・・」
「そうだな、俺は何も特別なことを言ったのでもないし、上手く話していたわけでもないよな。それなら何故、最後まで断りもせず話を聞いてくれたのか。それは何だとおもう?」
「やっぱり、声の大きさと笑顔ですか?」
「たしかにそれもある。しかし、そんなのささいなことだ。」