記事一覧

小林係長

 ここで、まずは小林係長という人の人となりを話しておこうと思う。
 というのも、オッサンはこの人にかなりお世話になったからである。
 前沢係長も変わった人だったが、この小林係長は、もっと変わった人だった。
 自分が興味をもったことは、どんなことであれ、とことん追求する人で、自分にとって何か得るものがあると感じたら、どれほど年の離れた若者にでも、それこそ子供にさえも頭を下げて教えを請うという、おそるべき素直さを持つ四十代の中年男である。
 もちろん妻帯者であり、たしか、このとき小学校一年生と四年生になる姉妹がいたと思うが、結婚して十二年目だということだった。
 実は、この人のおそるべき素直さは家系的・遺伝的とでもいう要素があった。実家は、松本でも有名な地主で、父親は市会議員だということだったが、親類一同が占いを強く信じる家系だとかで、大切な事は全て占い師に相談をした上で決定するという占い至上主義とでもいうような家系だそうである。
 当然のように、結婚するときにも、地元で名の知られた占い師に見てもらったが結果は良くなかった。
 家族はおろか、親戚からの猛反対の中、あきらめきれず六人もの占い師を渡り歩き、その六人目の占い師が、「悪いことは言わないから、この結婚はおやめなさい」と言われたとき、小林係長は腹を決めたという。
 「わかりました。あなたの言われる通り、私たちの将来には何らかの不幸が待っているのでしょう。けれども、その不幸は僕らにとっては幸福です。何があろうと二人で乗り越えてゆきます」と、占い師にむかって言ったそうである。
 ちなみに、この占い師はこの言葉を聞いて、「このお兄さんなら大丈夫。どんな不運もはねのけるだろう。あんた、いい人見つけたね」と、奥さんに言ったそうである。
 小林係長は、長男であり跡取りであったそうだが、全てを弟へと頼んで、家を飛び出している。
 つまり、駆け落ちというやつである。まるでベタなメロドラマそのままの馴れ初めだ。
 にわかには信じられない話だと思うだろうが、小林係長という人間を見たなら、誰しも納得すると思う。
 竹を割ったような性格とよく言うが、この人の場合、割り箸を割ったような、わかりやすい性格である。
 いうまでもなく、オッサンはこの人から多大な影響を受けている。
 毎週、一度か二度は晩ごはんを食べに来いと、自宅に呼ばれたものである。
 それも、何のかんのと理由を付け断りながらである。
 小林係長の言うなりになっていたら、毎晩行かなければならなくなるのだ。
 むろん、嫌いな者を呼ぶわけもないだろうから、オッサンは気に入られていたのだろうが、さすがのオッサンでも、毎晩おじゃまするほど、ずうずうしくはなれなかった。
 けれども、小林係長宅は、いつ行っても笑いがとぎれず、明るく楽しい食卓だった。
 三年前に、奥さんが体調を崩し、病院通いをしていると言っていたが、よくよく話を聞いてみると、死ぬか生きるかという時期もあったのだそうだ。
 このとき小林係長は、あらゆる健康法の本を、狂ったように読みあさり、インド古来の医療で、アーユルベーダーというのを見つけだし、その考えに基づいた体質改善を奥さんへと徹底して行ったそうである。
 その甲斐もあってか、病状はかなり軽減したという。
 だから、この家は家族全員が、生きていることを心から喜んでいるという雰囲気があった。