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それにしても誉めすぎ

 オッサンにしてみれば、新人の頃の自分を知ってる人がいるということは、大変に有難いことであり、決して嫌なことではない。
 オッサン自身も融通がきかず、気転がきかず、すこぶる要領の悪い自分が、ただ気合いと根性だけで、よくここまで営業で生き残ってこれたものだと思っていたのである。
 たとえば、長野支社に入って来た五十名の新人社員は、一年間で三分の一以下に減る。そうして残った十数名も二年目には六人くらいになってしまうのである。
 小山主任も、そういう事情を踏まえた上でよくもまあ頑張って責任者となり、係長という幹部社員にまで出世できたものだと、名古屋研修でのオッサンのドジ話を懐かしんで語っていたわけである。
 しかるに、これを、もってまわったように敬語を使って話していると、第三者から見れば、まさに慇懃無礼に映るわけである。
 案の定、横で話を聞いていた小林係長は、腹を立てたようで、
「そうだよ、今度君が会うときには、間違いなく所長になっているだろうから、今のうちに、せいぜいゴマをすっておいたほうがいいよ。」と言って、無理に口をはさんで来たかと思うと、それからは延々と松本支社の建て直しが、どれほど大変だったかを力説し、それに対してのオッサンの貢献を、大げさにまくしたてた。
 かわいそうなことに、小山主任も、話を途中で切り上げられず、まるで小林係長から説教されている感じとなり、タジタジのていで引き上げていった。
 仲間意識というのが多分にあったと思うが、それにしても誉めすぎであり、オッサンはなんだか、ケツの穴がむずがゆくなった。
 そして、これも余計な話なのではあるが、忘れてはいけない前沢係長である。
 当然のごとく、全国の優良責任者の集まるこの会場には、あの前沢係長も来ていたのである。
 ただし、所長も一緒に来ていた。
 その他にも、中沢係長、丸山主任と来ていたが、所長は前沢係長の横にピッタリとはりつき、酒は一滴も飲ませないと完全にマークしている様子が見てとれた。
 というのは、小林係長とオッサンが長野支社のテーブルへと挨拶に行き、前沢係長へとビールをつごうとしたとき、「こいつは、今日は禁酒だから、なっ前沢係長」と言って止めたのである。
 何も知らない小林係長は、「まさか、そりゃあないでしょう」と、さらにビールを注ごうとしたが、所長は頑として撥ね付けた。
 「後で事情は聞いてくれ、とにかく今日はダメだ」と言った。
 そのとき小林係長は、怪訝な顔で所長を見ていたが、その後、オッサンから前沢係長の酒乱ぶりを聞いて納得した。
 「ほんとうかい、そりゃあ、かわいそうだが、しかたがないね」
 「そうなんです。所長もこんな席で恥をかきたくないでしょうから、こちらへ来る前から、絶対に酒は飲むなと約束させたはずです」 
 「そうか、爆弾抱えてるようなもんだな。長野支社もたいへんだ。そりゃあ」
 小林係長は納得しながらも、信じられないというように首をかしげていたが、この三ヶ月後に行われた、長野支社と松本支社との合同慰安旅行で、その実態を知ることになる。
 このときの様子は、また、これからじっくりと話していくことにしよう。