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オッサンは、サバイバル要員

さてオッサンは、松本支社へと転勤することになったのだが、移動してみて、はじめて何故、田川課長代理がオッサンを欲しがったのかが分かった。
 というのも、そのときの松本支社で唯一、健全な形で残っているのは中学課だけだったのである。
 中学課一係の小林係長率いる他三名の係員と、磯部主任三級の率いる中学課二係の二名の係員の他、小学課と幼児課は、責任者が不在のまま、係員だけの活動を行っていた。
 どういうことかと言うと、ヘッドハンティングされた前松本支社の所長は、小学課と幼児課の責任者と他数名を引き連れて、競争相手の会社へと移っていたのである。
 そして、新松本所長となった田川課長代理は、まず盤石な中学課を確立した上で、松本支社の営業成績を伸ばし、それから小学課及び幼児課の係員を少しずつ育てて行こうと考えていたのである。

 ということはである。

 長野支社の所長が、前沢係長や中沢係長という、いわば支社の柱とも言えるトップセールスマンを手放すはずもないのであるから、必然的にターゲットは絞られてくる。
 このとき、オッサンの脳裏には「田川課長代理は、お前の仕事ぶりを評価しているんだ」と言っていた長野の所長の顔が浮かんだ。
 (あのタヌキオヤジがっ!いい加減なこと言って、俺をだましやがったな)と、オッサンは怒った。
 オッサンは、サバイバル要員なのである。
 つまり、残された小学課一名、幼児課二名の係員を中学課の係員として教育しつつ、自分も営業成績を上げていかなければならない。
 こんなことは、誰もやりたがらないし、普通なら二つ返事で即座に断るだろう。
 それまで全く知らなかった人間三人を、適性もわからず、自分の係員として、係を運営させられるのである。
 幼児課や小学課で、まあまあの成績を上げていたからといっても、中学課で通用するとは限らない。もちろん逆のことも言えるわけだが、合うかどうかは、その係員の性格やキャラクター等も関係してくる。すなわち、営業でお客様と会話をする時、どういう印象を相手にあたえているかという部分は大きいのである。
 オッサンは憤りを感じつつも、またもや、やってくれたなと、反骨精神が湧きあがっていた。
 長野にいるときもそうだった。所長はオッサン達へと市場を割り振るとき、いつも未開拓な市場や、過去に営業成績のないような地域を当てた。
 そのくせ、契約がとれないと、これでもかと言うほどの罵詈雑言を浴びせるのである。
 オッサンは何度、腸を煮えくり返したかわからない。
 何度か所長は、オッサンを飲みに連れていってくれたが、そのときの決まり文句は、「俺の仕事は、お前らを奮起させてなんぼなんだ。憎んで言ってるんじゃないから勘弁してくれ」と、いうものだった。さすがに所長もどこかに気の引けるところがあったのだろう。
 この松本支社行きは、所長のオッサンに対する挑発みたいなものなのである。
 (どうだ、これでもお前はつぶれずに頑張れるか?)と、次から次へと困難を押しつけてくる。
 だが、オッサンの長所は、まさに、こんな時に発揮されるのである。所長に対しての怒りを仕事に活かすのである。
 (今に見てろよ。俺を松本へ行かせたことを必ず後悔させてやるからなっ!)
 このとき、松本支社の中学課三係、恐るべしと、全国の支社に、その名を轟かせてやろうと、オッサンは決心した。