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三日で慣れる

 さて、他人の恋愛事ばかりを話し、自分のことを語らずにいるとズルイという気もするので、オッサンと例の美人の彼女との付き合いがどうなっていったかについて話していこうと思うが、取り立てて話すほどの関係をもったわけではないのである。
 オッサンは見合いが苦手であり、嫌いだとは前にも書いたが、その一番の理由が、紹介者の顔をつぶしたくないことなのだ。
 だから、見合いの相手が断ってくれないかぎり、オッサンは、自分からは断れない性質なのである。一言で済ませると、優柔不断なのである。
 そして、相手方から、紹介者へ苦情を言われることが最も苦痛なのである。なぜなら、そんな人間を紹介した者の立場はなくなるからである。
 であるから、後にも先にも、この見合い以外一切、オッサンはやっていない。
 というわけで、中沢係長からの紹介でもあるし、下手をすると婿養子にされる恐れをも抱いていたオッサンは、彼女に対して、なかなか踏み込んだ行動はとれなかった。
 それに、会ってデートをすると言っても、一ヶ月に二、三回できれば良い方で、全く会えないことの方が多かった。
 実際、飛び込み訪問の営業というのは、一日、一日の成績が勝負の世界であり、契約が取れなければ、日曜日など、たとえ会社が閉まっていても、自主的に現地を回るというのがあたりまえなのである。
 まして、海外旅行のイベント期間中などは、平日も日曜もあったものではない。一日でも多く市場へ出て、契約を取りたいのである。皆が喜んで休日出勤をする。
 もし、係の責任者であるオッサンが車を出さず休日出勤をしなければ、係員はイベントへの意欲を失いかねないのである。
 そして、悪いことに彼女と付き合うと決まって、ひと月もしないうちに海外旅行のイベントは始まった。
 それでも、オッサンは一年間という長きに渡り、一週間に一通ずつ、必ず彼女へ手紙を書いて送ったものだ。
 われながら、律儀で、おめでたい男である。
 悲しいことに彼女から手紙が送られてきたことは一度もない。
 たしかに、デートで会うと彼女はオッサンを好いているのだというポーズをとってくれた。
 たとえば、一、二杯のビールを飲んで酔ったと言い、家に送って帰るときなど、オッサンに寄りかかり、肩に頭をもたせかけてきたり、会いたいという気持ちが、日々に強まるなどと言ったり、あるときなどは、今夜は帰らなくともよいとか、帰りたくないとか、実に様々なアプローチをしてくれた。
 しかるに、オッサンは何ひとつ、彼女の要望に応えることはしなかった。
 もちろん、拒絶したのではない。ただ、紳士然として、柔らかく受け流していたのである。
 今から考えると随分もったいないことをしたように思うが、良い勉強になった。
 オッサンは女性というものが、まるで分かっていなかったのだ。
 逆に、この作為的なしぐさや行動が、なんとも鼻について、かえって嫌いであった。
 言ってみれば、目の前に御馳走をちらつかされて、これでもか、これでもかと言われているような気分である。
 よく、ブスは三日で慣れると言うが、美人も同じだとオッサンは思った。
 こんな素敵な美人と付き合えるのかという感動はいつのまにか薄れてゆき、駆け引きでゲームを強いられ、チャンピオンへとチャレンジする挑戦者といった感覚で、次第にオッサンは、彼女と自分は対等ではなく、絶対的に優位なのは彼女であって、彼女にとって御し易い男、つまり、思い通りにしやすい相手だから、選ばれて、付き合ってもらっているのではないのかと考えるようになっていった。