この宮川が恋をしたのである。
お相手は、夏のイベントで話題になった、あの女性大型新人である。
その時彼女は、もうすでに責任者になっていて、宮川にとっては幼児課の先輩であり上司でもあったのだ。
どうやら、現地で逆同行をしてもらったり、仕事を教えてもらったりしているうちに、好きになったものらしい。
恋愛事情に疎いオッサンが気付いたのは、宮川が四六時中、彼女の悪口を言うようになつたからである。というのも、宮川は、宮川は彼女を好きになったと言うどころか、いつも悪口を言っていたのである。
それも、しつこくあのアマがどうしたとか、あれは守銭奴だとか、と言うように聞くに耐えられぬ汚い言葉で罵詈雑言をくり返すのである。
他人の悪口など聞きたくもないものを、オッサン達三人を見つけては、ウダウダと悪口が始まるのだ。いい加減迷惑なのだが、ここまでは、聞き流していれば何ということもなかった。
ところがあるとき、オッサン達の寮へと、泣き出しそうな顔をしてやって来ると、いきなりオッサンに向かって、これから直ぐに彼女のアパートへ行ってくれと言いだしたのである。
いったい何を考えているのかと、訳を話させると、はじめて宮川は彼女に対しての恋心をオッサン達へと打ち明け、彼女へも告白したのだという。
「そうか、それはよくやった。」と、三人して喜び称賛してやろうとすると、宮川はさらに暗い顔になり彼女に断られたのだと言う。
彼女が言うには、まだ片思いだが、自分には好きな人がいて、他の男との恋愛は考えられないとのことで、その好きな相手がオッサンだと宮川はいうのである。
目が点になったオッサンは、即座に否定した。
彼女とオッサンは、ほとんど会話らしい会話もしたことがないし、決してオッサンの顔は女性に好かれるようなものではない。前にも言ったように、一口で言うと、恐い顔なのだ。
見た目で女に惚れられるはずはない。
それは何かの間違いだ。おそらく体の良い断り文句だと、オッサンは言い切った。
けれども宮川は承知せず、とにかくこれから、彼女のアパートを尋ねて、話をしてきて欲しい、彼女とも話はついていると頼むのである。
その時の時刻は、夜の九時半頃で、こんな時間に一人暮らしの女の家を訪問できるわけがないと断ると、これまで散々、悪口を言ってきた宮川が急に、彼女の気持ちがどうのこうのと、ゴタクを並べだし、せっかく彼女が待っているのに、人情がないだの、優しさが足りないなどと、目の前にいるオッサンを貶すのである。
(明日の朝まででも勝手にほざいていろ)と、オッサンはまったく行く気もなかったのだが、やっかいなことに、他の二人(久保田と佐藤)までが、宮川の加勢をし、オッサンのことを、まるで人でなしのように言いはじめたのだ。
だんだん腹が立ってきたオッサンは、ついに「やかましい。行けばいいんだろうがっ行けばっ!」と怒鳴り返してしまったのである。
気分はもうヤケクソである。
(話がついているとか言いながら、俺が門前払いをくらって帰るのを笑いたいだけだろうがっ!)と思いつつ、ブツブツ文句を言いながら、歩いて十分。彼女のアパートへと到着し、ドアチャイムを鳴らした。