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弟分

 後でわかったことだが、久保田君と佐藤君の軽はずみで馬鹿げた行動には裏があった。
 二人をそそのかし、たきつけた大バカ野郎がいたのである。
 それは、宮川という中途採用で入ってきた社員だった。
 ちょうど夏のイベントの最中に、ヤクザ映画のチンピラ役にでもなれそうな、コワモテのヤンキー兄ちゃんが入社してきた。それが宮川である。
 ほんとかどうか疑問だが、彼は昔、暴走族の頭をしていたとかで、悪い遊びを知っていたのである。
 確かに、はったりは得意そうだと思ったオッサンだが、ケンカが強いとは思えなかった。
 そして、どういうわけか、この男は話し上手で説明にも説得力があり、入ってきた当初から新人とは思えぬ営業成績を上げた。
 オッサンは大学時代に、五・六人の暴走族にからまれて、やむを得ずケンカをしたことがあるが、二・三人を蹴散らして一番強そうな奴を投げ倒し、馬乗りになって殴っていると、いつの間にか他の者はいなくなり、代わりに血相を変えて飛んできた五人の警官に取り押さえられたという経験がある。
 だから、族の頭と言えども恐るるに足らずとは思っていた。彼らは弱いと思った相手には強いが、強いと思った相手には嘘みたいに弱いのだ。
 但し、営業とは実力本位の世界であるから、昔がどうだろうが、中卒だろうが高卒だろうが関係なく、売上げさえ出せば、昇格できる。
 事実、所長は高卒のたたき上げである。
 宮川も、それを目指し意欲的に頑張っていたし、コイツはすぐにでも責任者になるだろうと、回りの皆も有望視していた。
 けれども彼にはムラッ気が有り、良い時と悪い時の差が極端だった。
 一、二ヶ月周期でスランプに陥るのである。
 責任者へと昇格するには、所長の推薦を受けてからの三ヶ月間、十セット以上を続けなければいけないのである。
 であるから、彼は推薦を受けては何度も失敗し、やっと責任者へと昇格したのは、これから二年後のことである。
 この当時は、まだペーペーの平社員であったし、中途採用のいわゆるお試し期間だったから、あまり大きな顔もできない立場なのだが、何かにつけ言うことはデカく、大げさだった。
 意地の悪い見方をするなら、大ボラ吹きである。
 本人に悪気はないらしいのだが、彼自身も多少、そういう傾向があると自覚していた。
 オッサンにとって、コイツがまたやっかいな男で、勝手にオッサンのことを「兄貴、兄貴」と、なれなれしく呼び、弟分気取りで三人の寮へもよく遊びに来たり、泊まって行くようにもなっていた。
 だが、この時ばかりは温厚なオッサンも宮川を叱り飛ばした。
 「二人に、いい加減なことを吹き込むな。」と。自分でも驚くほどの大声で怒鳴り、実際に、かかって来るならこいという心積もりでもいた。
 ところが、信じられないことに、宮川は土下座をして謝ったのである。
 オッサンはキツネにつままれたような感じがして、目が点になった。
 この時、宮川は真剣にヤバイと思ったらしい。慰安旅行での、前沢係長とオッサンの立ち回りを彼は見ていたのである。
 そんな事など、とっくの昔に忘れてしまっていた単純なオッサンは、根は悪いヤツでもないようだからと、その後も兄貴分と弟分の関係は、不運にもずっと長く続いてゆくこととなって行った・・。