このイベントは、最終日を一週間後にひかえた時点で、長野支社にとって最悪の結果を招いた。
不正が発覚したのである。
それも不名誉極まりなく責任者によっての不正である。
田中という、その責任者は幼児課二係の主任二級で二十四歳、勤務年数四年。甘いマスクと長身でスマートな彼は、社内の女子社員の憧れの的であり、一番人気の責任者だったのである。
むろん、女子社員に限らず、その仕事ぶりは男性社員からも尊敬されていたし、所長の信頼も厚い将来を有望視されていた優良社員だったのだ。
その事実を知らされたとき、誰もが顔を見合わせて、信じられないという様子だった。
彼が何をしたのか簡単に言うと、部下である係員の女子社員の契約を、3件ほど自分のものとして申告していたのである。
彼の係には、超大物新人と目されるトップセールスマンの卵と誰もが認める女子社員がいた。
彼女の海外旅行の目標達成は驚くほど早かった。イベント期間のまん中あたりでクリアしていたのである。
ところが、その係の責任者だった田中主任はスランプに陥っており海外目標達成が危なかったのだ。
そこで、軽い気持ちでしばらくオーダーを借りておこうとそんな小細工をしてしまったのだ。
その超大物新人の女子社員は、まったく知らなかったという話だったが、実際のところは謎なのである。
どうしてそう思うのか・・・ いくら係の主任といっても自分の契約したオーダーの処理を他の人間にまかせるということは考えにくいのである。
つまり、自分の仕事の一番重要な部分を優秀な営業社員が他人にやらせていたわけである。
これは推量にしかならないが、二人の間で何らかの話し合いがなされていたと考えるほうが自然なのでる。
けれども、これは決して許されるべきことではない。
事の重大さを知った所長は、全社員を集め緊急会議をひらいた。
「まず皆さんに謝ります。このような失態の責任は、この支社の総合管理者としての私の責任であり、社員育成の指導力のなさによるものであります・・・。」
延々と謝罪の意志を述べたのち、所長はこれからどうするかについて、全社員に問いかけた。
しかし、誰も発言するものはなく、長い沈黙の後、所長が結論を出した。
「これは、皆さんへのお願いなのですが、今回のハワイ旅行のイベントを長野支社は辞退するという形をとりたいと考えています。異論のある人は遠慮なく意見を発表していただきたい。」
不思議なことに所長のこの考えに反対する者は一人もいなかった。
目標達成をしていた営業社員全ての気持ちは分かりようもないが、不正のあった支社の社員として海外旅行組へ参加しても、気持ちの良い旅にはなり得ない。
ちなみに、この時もちろんおっさんは目標達成していた。他の係員四人はもう少しという者もいれば、全く無理だという者までいたが、まだ達成には至っていなかった。
そして、田中主任は会社を辞めることになった。
所長は、「心を入れかえて、やりなおせ!」と、ずいぶん説得したそうだが、本人の強い希望で自主退職という形にしてもらいたいとのことだった。決して悪い人間でもなく、イベントが終わったら自分が取ったオーダーから返すつもりでいたそうだが、認識が甘かったのである。