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リハーサル

 さて、旧香港上海銀行での音楽祭当日のこと、オッサンは自分の所有するオンボロギターでは心もとなく、友だちの上等なギターを借りることにした。
 というのも、オッサンの安物フォークギターでは、会場で使用されるようなギターアンプにつなぎスピーカーから音を出せないのだ。
 それはたしかに細かく言えば、普通のフォークギターであっても、ピックアップという器具を取り付ければ、なんとか音は出せる。だが、音色が悪くなる。
 それで友人のエレアコ(エレキギターのアコーステック使用)を貸してもらうことにしていたのである。
 これを使えば、ピックアップ機能は内蔵されているから、何の問題もなく、ギターとアンプをつなげられ、しかも良い音が響くのである。
 むろん、オッサンの演奏であるから、ギターなど関係ないと言えば、全然関係ないのだが、なにせ、一次審査くらいは簡単に通過できるだろうとの非常に甘い下心があったのだ。
 もちろん、現実はそんなにあまくはない。
 受付を済ませて、はてギターや荷物を置く場所はと見回すと、そんな場所などありはしない。会場のあちらこちらに放り出したような形で荷物が置かれたあるではないか。どうしたものかと考えていると、係りの人が、「この部屋もよかったら使っていいですから」と言うので、それは助かると思い、少し奥まった場所にあるその部屋を使うことにした。
 この部屋はガランとしていて机以外にはほとんど何もなく、他の誰をも荷物を置いてはいなかった。
 このときに気づきそうなものだが、オッサンは反対に、ラッキーだと思って、そこにギターと荷物を置いて軽い朝食を買うべくコンビニへと向かった。
 二十分後に会場へと帰ってくると、すぐにリハーサルを始めますとアナウンスが流れた。
 それではと、ギターケースからギターを取り出して練習しようとしたときに、楽譜立てがないことに思い至った。
 だがそれくらいは会場で用意していてくれるだろうとステージ付近を見てみたが見当たらない。念のため係りの人に尋ねてみると、どうやら用意していないようだ。
 これは困ったぞ。どうしようかと、焦り始めたオッサンの様子を見ていた友人が、「それなら、これから家に戻って持ってこよう」と言ってくれ、すぐに行動を起こした。
 オッサンは、係りの人にリハーサルの自分の順番を最後にまわしてくれと頼み込み、承諾してもらった。
 もし、間に合わなかったら、リハーサルは無しでもいいと覚悟はしていたが、友人は急いでくれたようで、オッサンのリハーサル前に充分間に合うように戻って来てくれた。
 そして、オッサンのリハーサルは二分ほどで難なく終わり、すぐに本番が始まった。
 ところがである。
 リハーサルとは違って、本番は一組だけで十分近く時間を使うので、オッサンの出番までには、かなり時間に余裕ができたものだから、オッサンは少し退屈になり、少し練習でもしておこうとギターを置いてあるあの小部屋で軽くおさらいをしていたのである。
 その最中に、急にさっきとは別の係員が来て、「ここの部屋は展示室なので、荷物を置いたり、音出しの練習は困ります」と言ったのだ。
 全然話が違うじゃないか。第一 何も展示物など無いではないかと、内心でオッサンは憤りながらも、係員の指示通りに荷物等を移動した。
 このときギターが倒れたのだ。すぐにギターをひろい、不安を抱きつつも傷はないか、壊れた所はないかと確認して、別に異常もなく安心した。
 けれどもこの時、弦を巻いてあるペグが緩んでいたのだ。オッサンは全く気付かなかったが、オッサンが本番を終わって「ちょっとギターを」と手に取った友人はこう言った。「やっぱり弦がかなり緩んでる。これでよく最後まで演奏したね」