記事一覧

最高の誉め言葉

 さて、はじめて喫茶店でのライブに参加した夜のこと、オッサンを含めて五組の演奏者だったと思うが、これがかなりのレベルの高さであった。
 後から聞いたところ、オッサン以外の演奏者は、日頃から他のライブハウスであたりまえのように弾き語りをやっている人たちなのである。
 つまり慣れている。だから、なんの違和感も感じさせず、自然に唄い、のびのびと演奏をしているのだ。
 オッサンの出番は確か4番目だったと思うが、首すじと手のひらにジトーッと冷や汗をかきながら柄にもなくあせっていた。
 (この後に、どんな顔をして演奏してよいやら・・・たいして練習もしていないのに)その場を逃げだしたい気持ちを必死でこらえていた。
 「次ですよ」と言われてから、夢遊病者のような足どりで椅子に腰掛け、その喫茶店のギターを借りて弾き語りをはじめた。
 このとき、何をどういう風に唄ったのかオッサンは覚えていない。
 情けない話であるが、周りの演奏者が皆プロみたいに上手く、その演奏をした人たちがお客として自分の演奏を聞いていると思うとオッサンの思考回路はパニックを起こしてしまったようである。
 とにかく無我夢中で六曲ほどを説明もなにもせず一気に唄い終わった。
 やっと終わったと安心して、他の人の演奏を今度は少し余裕をもって聞いた。
 ところがである、五組の演奏がひととおり終わると、スピーカーやマイクの音量がバランスを調整してくれていた係りの人が、「はい、それでは、第一部は終了します。十五分の休憩をはさんで第二部となります」と言ったのである。
 ということは、もう一度演奏をすることになるのだろうか?
 どちらにしても、オッサンはもうしなくてよいのだろうと、勝手に決め込んで、ビールを飲んだり、軽食を食べたりしながら、すぐに十五分は過ぎていった。
 なにしろ、お客は全て演奏者なのである。
 むろん、この喫茶店はそれほど大きなスペースではないから、それでも満席に近い状態である。
 そろそろ休憩も終わり、次に唄うのは誰であろうかと、待っていると、後から肩をたたかれて次の演奏は、最初がオッサンであると聞かされたのである。
 「えっ、またオイが唄うてよかとですか?」
 「よかさ、あたりまえやろもん」
 というわけで、また五曲程を弾き語ったオッサンであった。
 もちろん、演奏の出来はガタガタである。準備もしておらず、適当に唄えそうな歌を選んでやったのだから、まともな弾き語りになるわけもないのだが、二回目は、オッサンも開き直っていて、まるでストリートで唄っている感覚で唄えた。
 結局、この日は全部で十一曲程を演奏したわけだが、オッサンとしては、出来、不出来よりも、気の済むまで唄えたという充実感があり、それなりの満足を覚えた。 
 なにより、一番嬉しかったのは、「あんた、よっぽど歌を唄うのが好きなんだねぇ、演奏を聞いていると、なんかこうにじみ出てくるね」と言われたことである。
 これは、その時のオッサンにとって最高の誉め言葉である。