(すなどまり かんしゅう)



大正12年鹿児島に生まれる。
十代で合氣道創始者植芝盛平翁の内弟子として入門、心身両面の指導を受ける。昭和29年から熊本市において合氣万生館道場を開設、熊本を中心に九州各地に合氣道の普及を図る。
昭和36年、創始者植芝盛平翁より合氣道最高段位九段を允可される。また同時に九州師範長を任命される。
昭和44年創始者御逝去を機に組織を離れ、真の合氣道の探求に入り、「万生館合氣道」として独立、平成11年「合氣万生道」と改名、平成20年「万生館合氣道」へと戻し、館長として現在も直接手を取らせて指導を行っている。

「合氣道は万人が進むべき道である。」それは、創始者植芝盛平翁が言い遺された言葉であります。
合氣万生道各道場に於いては、老若男女誰にでも出来る万人の合氣道を目指して、朝・昼・夕、老若男女が厳しい中にも楽しく心身の鍛練に励んでおります。

加えて、天下無敵ということは「天下には敵は無い」と先生が言われました。
それは敵そのものを無くする「天下無敵」という意味であり、敵対する心を無くし、自己の中に敵は無し、敵を愛する心までもが大切である。「合氣とは愛なり」そして和合へとつながるものと考えられます。